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 そうやって騒ぎながら教室へ向かい、ひんやりとクーラーの効いた空間でぱたぱたと襟を掴んで生地と肌の空間に冷気を入れる。  夏は暑いから嫌いだ。  でも、暑い空間から涼しい空間に入るなんとも言えない感覚は結構好きだ。  朝から練習をしていたと思われる野球部の男子数名が汗をかきながら教室に入ってくる。  その後、暑い暑いと騒ぎながら女子3人が教室に入ってきて、おはようと挨拶してくるのを適当に返事をする。  爽介と優馬と2人で会話をしていたら予鈴がなり、先生が来てからようやく教室は静まった。  いつもとなんら変わりのない生活。  そんな中で、時々俺だけがどこかに置いてけぼりにされているような感覚になる。  *****  あっという間に放課後になり、指定されていた中庭に向かう。  既に朝会った女子が立っていて、俺がやってきた足音を聞いてくるりと長い髪をなびかせながら振り向いた。  あ、結構可愛い顔してるんだな。  朝はしっかりと顔を見ていなかったからわからなかったけど、世間一般的に見ればかなり整った顔をしている部類だと思う。  これほどの顔の持ち主なら、同級生のイケメンといくらでも付き合えるだろうに、どうして俺なんだろう。 「今日は、呼び出してごめんなさい……」 「うん」 「わたし、先輩にどうしても言いたいことがあって……」  何度も聞いてきた言葉。  どうせいつものように告白されるんだろうなあ、なんて少し上の空で次の言葉を待っていたら。 「先輩にお礼が言いたくて……!」 「……え?」  予想していたものとは全く違う言葉に、つい俺は目を見開いてそう言ってしまった。  そんな俺の様子にその子は少しびっくりしたように肩を震わせ、目線を泳がせて次の言葉を言おうとしていた。  お礼って、なんの? 「多分覚えてないと思うんですけど……一年くらい前に、まだ中学生だったわたしが高校生に絡まれていた時、先輩が助けてくださって」 「……そう、だっけ」 「そうです!」  なんとかして思い出そうとしても、女の子を助け出した記憶がない。  というより、困っているひとがいたら中々見過ごせない性格をしているため、見知らぬひとを助けた経験が何度かある。  それもあって、中々思い出せないのかもしれない。   「それがすごく嬉しくて……先輩がここの制服を着ていたので、どうしてもお礼が言いたくてこの高校に入ったんです」 「え」 「受験勉強も先輩のおかげで頑張れて、それでやっと先輩のことを見つけられて……! 自分勝手で、本当にごめんなさい、でも……」 「ちょ、ちょっと待って。それが人違いだってことはない? 俺どうしてもそんな記憶がなくて……」  話を遮ってしまって申し訳ないとは思った。けれど、もし人違いだとしたら俺にお礼を言われる資格はない。  だからそうやって言ったけれど、その子はすっと俺の胸元を指さして、言った。 「……その、ネクタイピン」 「!」 「わたし、覚えてます。一年前もそのネクタイピンをつけていたの」  銀色の、シンプルな形をしたネクタイピン。  俺にとって大事なものの意味を持つ、それ。  指摘されて、急に言葉が突起につっかえたように出なくなった。 「先輩にとっては覚えてすらいない些細なことだったかもしれませんけど、それでもわたしはすごく嬉しかったんです」 「……」 「だから、ありがとうございますって、今日は言いに来ました」  弾けるような笑顔でそう言われて、呼び出される前まで持っていたひねくれた気持ちはどこか行ってしまった。  お礼を言われる程完成されている人間ではないのに。  

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