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「じゃ、始めるぞ」
「はい……!」
そうして、先生とふたりきりのお勉強が始まった。
テーブルを挟んだ向かい側に先生が座っていて、俺がわからない場所をひたすら質問していく、というような形式のお勉強。
わからない場所だらけだから質問攻めになってしまう、と言ったら「それでもいいよ」と言われた。
「それで、この公式の解き方がわからなくて……」
「ああ、これは……」
わからない場所を素直に告げると、先生はボールペンの先で問題を指し示し、時には紙に書きながら説明してくれた。
正直、めちゃくちゃわかりやすい。
授業ではこうすると早く解けると教わるけど対面で教わるとこうすると解きやすい、というように教えてくれる。
俺のペースに合わせてくれるから、尚更焦らないで解くことができる。
「……こう、ですか?」
「ん、正解。さすが計算早いな」
ルーズリーフをくるりと逆転させ、先生に見えやすいようにすると赤いペンで丸をつけられた。
計算早い、と褒めてくれたのは嬉しいけどいくら先生でもやっぱり見られていると緊張するもんは緊張する。
字だって上手いわけではないし、なんだか無駄に意識してしまう。
対する先生は余裕そうな表情でペンをくるくると回している。
授業の際の黒板の字も意外に綺麗だし、逆に苦手なことはなんなんだと聞きたいくらいだ。
なんて考えながら計算していたからか、急に問題に行き詰まってしまった。
やばい。この問題、昨日解いて復習もしたはずなのにわからない。
「ん、どうした? わからない?」
「はい……復習したんですけど、んん……」
なんとか思い出そうと頑張ってみるものの、どうしても思い出せない。
ちゃんと授業は聞いている方なんだけど、これだと先生に怒られてしまうかもしれない。
と思っていると先生が立ち上がり、そのまま俺の左隣にぴったりと密着するくらい近い位置に座ってきた。
「……えっ、せんせ、」
「悪い。この方が教えやすいわ」
足や肩がくっついてしまうくらい先生と密着している。
いつもは微かに香っていた先生の匂いが、より濃く感じられて動揺してしまいそうになる。
別に先生のことなんてどうとも思っていないのに、この匂いを嗅いでしまうと変な気分になりそうだ。
自分でも、なんでこうなってしまうのかはわからない。
先生は左利きだから、左に座っていても先生の手で文字が隠れるということがないから、見やすい。
解説しながら書いてくれるからわかりやすいし、確かにこっちの方がいいのかもしれない、けど。
「……じゃ、続きは自分で解いてみて。わからなかったらいくらでも聞いていいから」
「はい……あの」
「ん?」
「ずっとこの距離なんですか」
さすがにいくらなんでも近すぎる。
嫌、というわけではないけどやけに緊張する。元からひととの距離が近い訳ではないから。
ひとにはパーソナルスペースというものが存在するはずで、先生は俺のパーソナルスペースを破っているはずなのにどうしてか不快に思わない。
不快に思わない。だからこそ、俺からしたら都合が悪い。
「嫌?」
「……ではないけど」
「じゃあいいんじゃね。離れたら離れたで教えづらくなるだけだし」
すり、と先生の足が俺の足に擦れるようにして動いた。
そういう風に動かれると、余計距離感の近さを意識してしまう。
先生は慣れているのかもしれないけど、俺は一切慣れていないから。息遣いや心臓の音まで伝わってしまいそうだ。
するとなにやら俺の手をじっと見つめて、ひとこと。
「シャーペン変えた?」
「……変えましたけど……え、なんでわかるんですか」
「……はは」
「うっわぁ……」
ばれない程度に距離を取ったのは内緒。
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