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「解けた」
「はい、正解」
10分ほどかかって、ようやく苦戦していた問題を解くことができた。
俺が書いた計算式の上に書かれた赤丸が見れて嬉しい。
「あんまり言いたくないけど、先生って教えるの上手ですよね」
「そこはもうちょっと素直に褒めろよ。でも嬉しいよ」
いや、俺にしては素直に言ったつもりだけどな。
一年の頃は別の先生が教えてくれていたけど、どうもわかりにくくて自主学習に苦労した覚えがある。
進度は早いし効率重視でわかりにくいし、少し性格が悪い先生だったからズバズバ指してくるし。
典型的な生徒に嫌われるタイプの先生で、俺も苦手だった。俺が解けない問題に限って俺を指してきたからな。
その点、麻橋先生は授業で指名したりはしないしそこまでスピードが早いわけでもないし、問題を解くときもそれなりに時間をくれるから自分のペースで問題が解ける。
……この先生、意外といい先生なのでは……?
いや、思い出せ。さっきまで俺を押し倒してきたひとだぞ。いい先生はそんなことをしない。いたいけな生徒に悪の手を施そうとしない。
「んー、結構たくさん問題解いたからちょっと休憩するか。飴いる?」
「あ、ありがとうございます」
そう言って先生が取り出したのは棒付きの丸い飴で、いちごみるく味だった。
少し取りづらい包装紙を解いて、口の中に入れる。
甘ったるい味が口いっぱいに広がるけど、頭を使った後はこれくらいの甘さが丁度いい。
「先生って飴とか舐めるひとだったんですね」
「あー……まあ。煙草やめようと思って」
「え」
煙草を吸いたくて授業を抜け出してしまうようなひとが、煙草をやめる……?
明日はもしかしたら大雨かもしれない。いや、暴風雨?
「完全にはやめられてないけどな」
「なにかあったんですか、先生がそんなことするなんて」
「……高校生には、身体に悪いだろ。煙草なんて」
頭の後ろを掻きながら、先生がそう言った。
「年齢とか関係なく、煙草は身体に悪いと思いますけど」
「そりゃな。でも、おまえだって嫌だろ。キスとかしたときに煙草の臭いしたら」
「そんな経験ないんでなんとも言えないんですけど……え、先生もしかして」
まさか。と思いつつ恐る恐る思ったことを口に出すことにした。
「ついに彼女できたんですか」
「そんなわけねえだろ」
あ、さすがに違うか。まあそうだよな。
口に出して思ったけど、先生俺のこと狙ってるんだった。
そんな状況で彼女とか作るわけないか。
……え、ということは。
「俺のため……ですか」
「……気づくの遅」
先生がちょっと呆れたように、でも少しだけ嬉しそうにそう言った。
だって、そこまで俺のことを考えてくれているなんて普通思わないじゃんか。
俺なんて特に、可愛げもないしそれと言ったいいところもないのに。
「おまえ、割と思ったことが顔に出るよな」
「そんなの初めて言われました」
「そうなの? じゃ、俺の前だけってことね」
嬉しいな、と言いながら先生は俺の髪を触り始めた。
先生こそ、どうしてそんなにナチュラルに感情表現できるのかわからない。
その感情表現に、俺が振り回されないとでも思ってるのかこのひとは。
ときめきはしない。
決してときめきはしないけど、なにも思わないわけでもない。
というより、このひとのことを意識し始めたらきっともう俺は。
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