38 / 148

3-8

 な、んでこのひとはこんな簡単に歯が浮くようなセリフを言えるんだよ。  生徒に、しかも男に。  意味わかんない……  硬直した俺の顔を見て、先生がふっと笑う。 「どうする? 冷房の温度ひとつ下げるか?」 「い、いいです」 「ふぅん」  先生がにやっと笑ったのは見ないようにする。  なるべく、視界に入れないように。  今先生の顔を見たら、恥ずかしさやらなんやらでもっと身体が熱くなってしまうような気がした。 「あ、外が暗い……」  勉強を終え、数学準備室のカーテンを開けて外を見てみると夕方とは言えないくらいに暗くなっていた。    一人暮らしをしているから親に怒られることはないけれど、それでも遅い時間に帰るのはそれなりに不安なことはある。  急いで帰ろう、と思って机の上に散らかしたプリントなら筆記用具やらを片付けていると、先生が大きく欠伸をした。 「ふあ……ん、もうそんな時間か」  先生も時間は全く見ていなかったらしく、パソコンをぱたんと閉じて肩をくるくると回していた。  今日のご飯どうしよう、おかずあるかな、なんて考えていると先生に話しかけられた。 「大丈夫? 時間気づかなくてごめんな」 「あ、全然大丈夫ですよ。結構集中できたから時間とか忘れてた」  なんならひとりでやるよりも集中できたかもしれない。  ひとがいると「やらなければ」という気持ちになるし、なによりこの空間がやけに居心地よく感じた。    さあ、さっさと帰ろう。  夜ご飯の食材があるかどうかわからないから、スーパーにでも寄ろうかな。  でもかなり面倒だな……もう適当に買って帰ろうかな…… 「おまえ、一人暮らしってことは夜ご飯とかも全部自分で作ってんの?」 「はい。でも部活で疲れてる時とかあるから、基本余裕がある時に作り置きしてます。今日はちょっと食材があるかどうかわかんないんで帰りにスーパー寄ろうかなって」 「安いとこ探してる? だったら高校の近くのスーパーじゃなくて駅近のスーパーの方が安く売ってる」 「え、ほんとですか。でもそこまで行くの大変だしな……」  仕送りやお金の援助はしてもらってるとはいえ、やはり学生だからそこまで大金を使うことはできない。  どちらかと言えば裕福な家庭ではあるけれど、まともな金銭感覚はあるはずだ。  できれば月の食費は二万円で抑えたい。  う、やっぱりお金には眩むな……    いつもみたく疲れているわけじゃないから、節約のためにもそこに行くしかないだろうな。 「おまえ今日自転車?」 「はい」 「んー、じゃあ明日の朝おまえんちまで迎えに行ってやるから、今日は俺の車乗ってけば? スーパーにも連れてってやるよ」 「……そんなのありですか?」  可愛くない回答をしてしまったけど、正直その提案はめちゃくちゃありがたい。  重いリュックを背負ったまま食材を入れたバッグを自転車のカゴに乗せて帰るのは割と大変だから、車で乗せてってくれるのは本当に助かる。 「ありじゃねえかもしれないけど、俺がいいって言ってるんだから大丈夫だよ。行くぞ」 「え、俺の意見は?」 「顔見ればわかる」  嘘。そんな顔に出てたの。  ぱっと両手で顔を包むと、先生がふはっと噴き出していた。    ……からかわれた!

ともだちにシェアしよう!