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 今更このひとに知性だのなんだのを求めるつもりはさらさらないけど、教師という立場でここまであっけらかんとしているのはどうなんだろう。  まあ、こんなひとだから俺もなにも考えずにいられるのかもしれないけど。 「やっぱ俺も若いからさ、それは外せねえよな。おまえから見たらオジサンかもしれないけど」 「……24歳でしたっけ。別にそうは思いませんよ」 「若々しいってことか? いやー嬉しいね」 「いや、歳のわりには幼稚だなって」 「……」 「冗談じゃないですか」  本気で言ったわけじゃないのに、先生がわかりやすいくらい落ち込んだからついそう言ってしまった。  すると運転中にも関わらずぱあっとした明るい顔つきになり、心做しか車のスピードが上がったような気がした。  ……こんなに見てて表情がころころと変わるなんて、と俺は素直にすごいと思ってしまった。尊敬してしまうまでもある。  学校での先生も、いつもなにを考えているのかわかりやすいし大抵考えていることはすぐ見抜けてしまう。  あ、今眠いんだな、とか怒られたんだな、とか疲れてるんだな、とか。  けれど先生とふたりで過ごす機会が増えていくうちに、なにを考えているのかたまにわからなくなる。  それがちょっとした(ひず)みを起こしているようにも見えて、違和感を感じたりも、する。 「ねえ先生」 「ん?」 「俺は先生が担任するクラスの生徒だから、先生のことを毎日見てます」 「え、ああそうだな」  俺が急に脈絡のない話をし始めたから、先生が若干戸惑ったようにそう返事をしてきた。  俺は構いもせず続ける。 「だから先生が授業している間とか、先生が考えてる事は結構わかってるつもりです。あ、煙草吸いたそうな顔してるなって思ったときはプリント取りにいくふりして熊崎先生に連れてこられてるし」 「……」 「俺はそんな先生を羨ましいって思うし、表情に出せるところはすごいなって思ってます」  これは俺の素直な気持ちだった。  俺は感情を表に出さない、出せない。  そんな俺に相反するように、先生は感情を表に出していることが多い。  ────負の感情は、決まって出さないくせに。 「でも、今の先生はわかりません」  俺のメリットにならないことしかしない。  俺にわざわざ勉強を教えてくれたりとか、今だって車に俺を乗せて、仕事帰りでそれなりに疲れているだろうに俺の事を家に招き入れようとしているなんて。  疲れていることを表にも出さないで。 「なんでここまでしてくれるのかわからない。ただの生徒の俺なんて、ほっとけばいいのに」 「……」  信号待ちの間。ずっと運転をするために前を向いていた先生は、俺の顔を見つめていた。  対する俺は勝手に気まずくなって下を向いてしまう。  車内に沈黙が流れた。けれどそれも一瞬で、先生は重い空気を断ち切るように言葉を発した。 「なんでってそりゃ、ほっとけねえからなあ」 「……え」  的外れな回答に、俺はつい先生のことを見てしまう。 「ただの生徒なんて思ってもない」 「……」 「言っただろ、特別扱いだって」  優しく、どこまでも甘い声が俺に向けられた。  俺のために放ったと思われるその言葉に、俺は体温が上がるのを感じる。  車内が暗くて、本当によかった。 「……だめじゃないですか、そんなの……」 「そうは言っても、俺のことを少なからずは受け入れてるだろ、おまえは。嫌だったら嫌って言えばいいのに、態度に出せばいいのに」  このひとは俺が簡単に感情表現できるって知っているくせに、簡単にそんなことを言って…… 「嫌じゃないです。嫌じゃないから、今もこうやって大人しく先生の隣で座ってるでしょ」  半ばやけになって少し大きい声でそう言うと俺のことを見つめていた先生の顔は和らぎ、青になった信号の光を受けながら先生は、言う。 「なんだ、俺の前では素直じゃん」 「────っ」  いつだって俺は先生の思い通りだ。  今だってほら、こんなに先生は満足気な顔をしてる。

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