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「先生ムカつく」 「酷いな」 「俺より歳上だからって余裕見せてくるところとか、俺の方ができるぞってこと態度に滲ませてきてたりとか」 「まあ本当のことだしな」  ぶつぶつと俺が先生に対して文句を言うと、先生は一切気にしてないどころか少し嬉しそうにわざわざご丁寧に反応してくる。    きっと俺がなにを言っても先生のことを揺るがすことはできない。    俺のことを狙っているって言ってるくせに、俺が嫌がることは一切しないし言動はいつも自由なのに自分勝手ではない。 「学校での先生はわかりやすいのに、俺といるときの先生は全然わからない」  ただの疑問と僅かな不満が口に出ただけだった。  けど、先生の纏う空気が少しだけ変わったのは俺でもわかった。 「じゃあ、知っていけよ」  俺の膝に置いてある手に、先生の左手がするりと乗ってきた。  俺の指と先生の指が一本ずつ交わり、先生の腕時計が重力に従って落ち、俺の手の甲に冷たい金属が触れる。  先生は器用に右手だけで運転し、視線は相変わらず前のまま。俺の動きが封じられているのは右手だけなのに、石になる魔法をかけられてしまったみたいに身体が動かない。 「俺のことを知りたいって思うんなら。他の奴らが知らない俺を見たいって言うんなら、おまえが満足いくまで見せてやるよ」 「……っ」 「……もしおまえが、それだけでも足りないんなら」  食べちゃうぞ。  そう、言いたげに先生は舌なめずりをした。   「はい、とうちゃーく」 「……」  地下の駐車場に車が止まり、先生のお気楽な声と同時に車のエンジンも切れた。  それまでずっと先生の左手は俺の右手を掴んでいて、ようやく先生の体温が離れていく。  やっと自由に動けるような気がして、俺はふうとため息を吐いた。 「ちゃんと荷物持ったか? あ、バッグは車の中置いとけば」 「はい……」  全くなにもなかったかのような口振りで先生がそう言うから、俺は先生がなんで俺の手を握っていたのか聞くタイミングを完全に失った。  先生の言う通りバッグは車の中に置かせてもらい、エコバッグだけを持って車の助手席のドアを閉める。  先生の元に向かうと、滑らかな動きでエコバッグを奪われてしまった。  別に重いわけでもなかったのにそうやってまた俺を甘やかして…… 「そうやって色んなひと誑かしてるんですね」 「え、なに言ってんの?」 「今まで何人の女のひとを泣かせてきたんだか……」 「おいおい心外だな、俺は泣いてる子を慰めるのが好きなんだよ。泣かせるのは好きじゃねえ」  やけにキメ顔で先生はそう言った。  対する俺は先生の発言なんかは正直どうでもよくて、俺が車内で結構な変なことを言ったのに態度を変えないところがすごいと思った。  先生なりの気遣いなのかなんなのかは知らないし悔しいけど、大人だなと思ってしまう。  きっと先生は俺のことを子どもっぽいと思っているんだろうな。そう思われても仕方ないとは思うけど。  そのまま先生と並んで歩いてマンションのエントランスに入り、先生が数字を打ち込む。  車の中から見たときから思っていたけど、相当でかいマンションだ。でかいと言うより、高さがある。  いいマンションに住んでいるんだろうなあとは思ったけど、予想通りいいマンションに住んでいた。  俺が住んでいるところとは違う。 「……で、これからエレベーターで俺の部屋がある階まで向かうわけだけど」 「はい」 「……ふたりきりだなあ?」  先生がにたあ、と笑った。  色んな意味で背筋がぞわっとした。それはもう、色んな意味で。  

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