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と、ここでエレベーターが指定した階に到着する音が聞こえた。
誰かが待っていたら困る、と思って自ら先生から離れる。幸い誰もエレベーターの前で待っていなかったから、“教師と生徒”がぴったりくっついている異様な光景を見られることはなかった。
ふ、と動かないままの先生を振り返ってみる。
少なからず俺は驚いた。
「……おまえは本当に、どこまでも俺の期待を飛び越えてくれるな」
戸惑っている顔をしていると思っていたのに、やけに嬉しそうに微笑んでいたから。
俺はその表情の意味がわからず、先生の顔を見たまま固まってしまった。
すると先生は歩き出してエレベーターの外に出て、俺の腕を掴んで誘導する。
あ。触られた。
あんなにエレベーターの中では俺の事を触らないように務めていたのに、いとも簡単に触ってくるなんて。
「先生は……」
「なんだ」
特に頭に浮かんだことがなかったのに呼びかけると、先生は俺の腕を掴んだまま振り向いてくる。
「……先生は、義理堅いひとなんですね」
「え、そんなの俺に一番似合わない言葉じゃね?」
先生が少し驚いた顔をしながらそう言った。
でも、だって。
「先生から触らないって言ったから俺はそれに漬け込んで先生を試すことをしたのに、先生は俺に触ってこなかった」
「……」
「今はこんなにしっかり触ってるのに。別にあそこで触ってきても俺は怒りませんでしたよ」
ただ俺は先生がどんな反応をするのか見たかった。それだけだった。
……先生も、気づいたと思う。
俺が先生に触れられるのを厭悪していないことを前提とした上で、わざと俺から接近したことを。
そもそもそんなことを俺がしたというだけで、先生は俺の事を叱ってもいいはずなのに。
先生はやっぱり、どこまでも優しい。
「馬鹿」
「ばっ……」
「俺はおまえの信用を失いたくねえの。触ってもおまえが嫌がらなかったとして俺の信用はなくなるだろ」
「……まあ、たしかに」
確かに触られても嫌だなとは思わなかった。
けれど、多少は『触らないって言ったのに』とは思ったかもしれない。
俺は捻くれているから、余計に。
「俺は、おまえにとって信頼できる大人でありたい」
「……それは……」
先生がひとつの扉の前で立ち止まりカードキーを取り出して、当てる。
かちゃ、と扉の鍵が開く音がした。
「教師としてですか、男としてですか」
扉を開いて俺を部屋に誘導する先生に問いかけてみると、先生は今まで見た中でもとびきりの意味深な笑みを浮かべていた。
「……さあな」
このひとがなにを思っているのかは知らない、わからない。
わからないけれど、そのあまりにも端正な笑みを見て後者であってほしいと思ってしまった。
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