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 俺が見ていることを気にする素振りも見せず、とんとんと小気味いい音を立てながら包丁を動かしている。  その手つきから見て日頃から料理しているのがわかった。  目線を手から上にずらしていき、先生の顔を盗み見する。  顔が伏せられているからそこまでちゃんとは見えないけれど、長いまつ毛が影を作っていつも以上に顔立ちが整っていて見える気がした。  真剣な顔を今まであまり見たことがないから、余計にそう感じるのかもしれないけど。  やっぱりこのひと顔だけはいいなあなんて思っていると、もう具材を切り終えたらしくフライパンを準備し、IHのスイッチを入れていた。 「先生手際いいですね……」 「そう? まあほぼ毎日自炊してたらそりゃ慣れるよ」 「え、外食は?」 「あんましねえよ。コンビニもそんなに使わねえな」  俺は面倒な時は作らずに冷凍食品に頼ってしまうから、すごいなと尊敬してしまった。  このひとなんて特にコンビニとかで済ませてそうなのに。  俺の勝手な偏見は次々いい方向へと塗り替えられていく。いや、俺のというよりは他のひとたちの偏見も含まれているかもしれない。  先生はクラスでは本当にダメダメで生徒の方がしっかりして見えるなんてことは日常茶飯事だから、想像できないのは当たり前だろう。  ……ん? ていうか先生、この前クラスのひとの質問に対して料理できないって答えていたような気が。 「っわ、いい匂い……」  そういう思考が、全て先生の作る料理の匂いにかき消されてしまった。  俺が見ている限り具材を切って火にかけて調味料を入れているだけのようにしか見えないのに、それだけでも美味しそうに見えるなんて魔法でもかかってるんじゃないか。  今だって特に変わったものとか調味料は使っていないはずなのに、かなり美味しそうな匂いがする。  お、お腹が空いてきた……  すると先生がフライパンを片手で持ち、具材を空中で回転させるように何度もフライパンを動かす。  具材がフライパンから落ちるなんてこともなく、いとも簡単に先生は混ぜていった。  そんなことまでできるのか。本当びっくりというか、衝撃に近いというか。  俺がぽーっとフライパンの中身を眺めていると先生が微笑んでから割り箸で具材を摘み、それを俺の口の前まで持ってきた。 「あーん」    先生が小さい子に言うような声でそう言ってきて、普段の俺だったら小言を言っているかもしれないけど腹を空かせた俺がそんなことをできるはずもなく、素直に口を開く。  熱々の野菜と肉が口の中に入ってきて、少し口をおさえながら咀嚼をする。  こ、これは。 「……おいしい……」 「おー、だろ?」  ただの野菜炒め、されど野菜炒めといった感じで、シンプルな味付けがかえって野菜の美味しさを引き出しているように感じる。  先生は一切味見をしていないのにここまで完璧に味付けができるなんて。  俺、先生になら餌付けされてもいいかも……  と考えて、慌ててぶんぶんと頭を振る。これではきっと先生の思う壷だ。 「まあ、悪くないんじゃないですか? 特に変哲もない野菜炒めって感じで」 「……おまえってたまにツンデレ要素出るよな……」

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