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先生の、低くて少し掠れた声が耳元で響く。
ああ、俺は今からなにをされてしまうんだろう。
突き飛ばしてしまえばいいのに両手は塞がってて動けないし、たとえ両手が塞がっていなかったとしてもきっと俺はそんなことはできない。
じゃあ、どうすればいい?
そんなことを考えている間に、俺は先生にどうにかされてしまうのかもしれない。
為す術もなくぎゅっと目を瞑っていると。
「冗談だ」
先生が俺の頬をきゅっとつまみ、先程までの真剣な声のトーンはどこへやら、まるで学校にいるみたいな声でそう言った。
俺が目を開くといつも通りの先生の表情で、つい拍子抜けしてしまう。
お、俺が勝手に意識してただけかよ……
莫大な羞恥心と混乱で俺はなにがなんだかわからなくなってしまう。
けど、先生が俺のおでこにキスをしたのは紛れもない事実で。
「……先生許さない」
「はは」
小さい声で言ったはずだったのに、先生にはばっちり聞こえていたらしくて笑われてしまった。
あーもう、絶対先生の家なんて来るもんか。
次にこの部屋に来た時は、絶対に俺は先生に手を出されてしまう。
俺の身体はそこまで安くはない。
……なんて、必死に心の中でそう言っては見るけれど。
結局先生の家に来たのって、俺の意思なんだよな。
俺が先生の家でご飯を食べた後、先生は親切に俺を家まで送り届けてくれると言う。
助手席で道案内をしながら、先生は俺が言った通りに運転をする。
あれから、ふたりきりのエレベーターの中でも先生は手を出してくる気配を一切見せなかったし、特に変な会話をすることもなく少し気味悪いくらい普通だ。
「で、そこを真っ直ぐ行くと俺が住んでるマンションです」
「はいよ」
左折した後、俺が住んでいるマンションが見えてきた。
先生のマンションに行った後だとかなりしょぼく見える。実際はなんてことない普通のマンションなのに、やっぱりあのマンションがでかすぎる。
「こっちが専用の駐車場?」
「そうです。道路跨いでますけど」
マンションの向かい側に駐車場があり、もし車を停めた時は道路を跨がなければいけない。
一応横断歩道のような白線はあるけど、信号はないから少し不安なところではあるけど交通量が多いわけでもないのでここで事故が起こった話は聞いたことがない。
先生は駐車場に停めることなく歩道に車を寄せ、俺が降りやすいように一時的に止めてくれた。
シートベルトを外し、お礼を言うために先生の顔を見る。
「今日は本当にありがとうございました」
「いーえ」
先生はにっこりと満足気に微笑んでそう言った。
うん、いつも俺に見せる先生の表情だ。
なにかを企んでいる様子はなさそう。
……と、先生は唐突にカーナビを操作し始め、このマンションがある位置を登録した。
えっ。
「……俺、さすがにおまえの家の住所は覚えられなかったんだけどさ」
「……」
「これで、いつでもおまえの家行けるわ」
にたあ、と効果音が付きそうなくらい悪い顔で先生がそう言った。
俺、今日いい夢見れんのかな……
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