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さらに顔を赤くする梨奈ちゃんを見て、正気に戻った。
「や、ごめん。今のは深い意味はなくて……」
「で、でですよね! ちょっと、びっくりしますから……」
「ごめんね」
しまった。女の子に対して軽率に可愛いなんて言うような性格をしていないはずなのに、何故か梨奈ちゃんは可愛らしいと思ってしまう。
あ、小動物に向けて抱く可愛いという感情と同じ種類のものなのかもしれないな、もしかしたら。
さっきから梨奈ちゃんは表情をころころと変えている。表情が次から次へ変わる様子を見ているのは、結構楽しい。
「律さんは……」
「ん?」
「律さんは、偏見とかないんですか、その……同性の」
伺うような顔でそう聞かれた。
偏見か。そもそも俺は男子から好意を向けられることには慣れているっちゃ慣れているし、初めの方は戸惑いもあったけれどなんとも思わなくなった。
気持ち悪いとかは思ったことはない。
恋愛に様々な形があることを最初から理解はしていたつもりだし、そもそも俺は恋愛について語れるほどの経験がない。
「偏見はないよ。寧ろ、そうやって恋愛感情を抱けること自体がすごく素敵だと思う」
「……」
「俺は、無理だから」
好きなひとを作ってはいけない。
いや、好きになってはいけない。
好きになったところで俺はどうせ、そのときにはきっともういないから。
特に梨奈ちゃんになにかを言ってほしいわけではなかった。けれど梨奈ちゃんは、さっきまでの落ち着きはどこへやら俺の肩をがしっと掴んできた。
「え、どうし……」
「無理じゃないです」
あまりにも真剣すぎる眼差しに、俺は開けようとしていた口を閉ざしてしまう。
肩に触れてくる手にぐっと力が入ったことが伝わり、俺も真剣に梨奈ちゃんを見つめ返す。
「律さんは絶対に恋愛ができると思います」
「……なんで」
そうやって言ってくれるのはとても嬉しい。だけど、俺は自分の未来がなんとなく予測できてしまう。
その未来が、明るくないことも。
「だって……」
また、ぎゅっと肩を掴まれる力が強くなる。
「一年前に会ったときより、なんだか楽しそう」
「……え」
「わたしはあのとき見ただけだから律さんの中では一瞬のことだったかもしれないですけど、わたしはあのときの律さんの表情をずっと覚えてます。それに比べて、すっごく柔らかくなりました」
にっこりと、微笑みながら俺の顔を見つめてくる。
自分でも思いもしなかった自身の変化をそう言われて、少なからず驚いた。
一年前と比べたときの変化を挙げるならば……間違いなく、麻橋先生が関係している。
俺の中に土足で遠慮なく踏み込んでくるかと思えば、実は繊細なくらいに優しくて俺のことを傷つけないようにしている。
そんなこと今までされたことがなかったから、もしかしたらそれが梨奈ちゃんのいう“変化”に繋がっているのかもしれない。
……かも。
「素敵なひととの出会いがありましたか」
「……!」
「もしくは、律さんのことを揺るがすひととの出会いとか」
そう言われてまた真っ先に浮かんだのは当然、あの先生。
あの整った顔が優しく和らいでいくのが頭に浮かんでしまい、俺は目の前に梨奈ちゃんがいるということを忘れて取り乱しそうになってしまった。
違う、俺はあの先生のことは好きではない、絶対に。
ただあのひとが俺にたくさんの行動をしてくるだけで、俺はそれを甘んじて受け入れているだけであって────
「……へへ」
「なに」
「可愛いのは律さんの方だと思いますよ」
「……からかわないで」
「わー怒らないでくださいっ」
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