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なんだか、こんなに麻橋先生がラフに話しているのはほぼ初めて見たかもしれない。
同い年だからというのもあるかもしれないけど、それ以前にこのふたりの先生の間にはなにかが築かれているような気もする。
仲良いんだなあ。
「そういえば、先生の間でも話題になってますよ。柊羽先生が優等生の律くんに懐いてるって」
「逆じゃね? それ」
「いや、その通りだと思います。先生に懐かれて大変です」
先生が俺に懐いてると言われているのはかなり面白い。ただ、俺が優等生だと言われるのは中々面白くない。
それは他の生徒と俺を比べて優等生と称すのか、それとも俺の日々の行いを見てそう思ったのか。
どっちにしろ、あまりいい気分ではない。
なぜかと言うと、俺はそこまで優秀ではないから。
「優秀なのはこいつじゃなくて俺だと思いますけどね」
ぽんぽんと無遠慮に俺の頭を叩いてきた。痛くはないけど、ちょっとびっくりしてしまった。
ちょっと前まで先生も俺のことを優等生だとからかい半分で言ってたくせに……
「なに言ってるんですか柊羽先生。優秀な先生は授業を投げ出してまで煙草は吸わないと思いますよ」
「煙草は俺の生活の一部ですから」
「前にやめる宣言してませんでしたっけ」
「……」
「だんまりですか」
先生どうしのやり取りを、俺は黙って聞く。
会話に混ざろうと思えば混ざれるけど、先生と会話をするときの麻橋先生が見たくなったから、今は静かに聞くことにした。
「さすがに吸い過ぎだと思いますよ。最近は減ったらしいけど、それでも多い方かと」
「それはわかってるんですけどね。飴とかで誤魔化してはいるけど、今度は糖分摂りすぎておかしくなりそう」
「他のことで気紛らわしたらどうですか。なにも食べることしか能がないわけではないでしょう」
「色々試したりはしたけど、だめでしたね。思ってたよりずっと満たされない」
「……だから煙草には絶対に手を出すなって言ったのに」
……ん?
今まで静かに聞いていたけど、ちょっとした違和感を感じてしまった。
近藤先生は今年初めてこの高校に来た先生なんだけど、それにしてはどうも距離が近いというか、あまりにも纏っている空気が古くからの友人のそれに感じる。
ふたりの会話はまだ続く。
「赤ちゃんみたいですね。なにか咥えてないと落ち着かないなんて」
「言い方に悪意を感じるなあ。なっちゃったもんはしょうがないですよ」
「そうやってすぐ他人ごとみたいに……昔っから変わんないですね」
「将希せんせ。生徒の前ですよ」
「……あっ」
やっぱりこのふたりは知人だったのか、と確信するのと同時に麻橋先生が人差し指を口の前で立てた。
それで近藤先生は俺が聞いていることを思い出し、びっくりした顔のまま動きを止めてそのまま項垂れた。
「……そうでした。律くんが聞いてたのをすっかり忘れてた」
「気配隠すの上手いですから、こいつ」
「……先生たちって、ずっと前からお友達なんですか」
質問をすると、先生は苦笑混じりに顔を見合わせてから、麻橋先生が頷いた。
「そ。こんなに呆気なくバレるとは思ってなかったけど」
「やらかしたな。律くん、このことは内緒ね」
どうして内緒にしているんだろう、と思いつつ、ひとには知られたくないことのひとつやふたつあるだろうし、その理由もひとによって異なる。
俺は詮索せずに、頷いた。
「中々慣れないなあ。柊羽が先生になって急に人格まで変わったからさ」
「え? それってどういう……」
「将希、喋りすぎだ」
え、突然の事実に頭が追いつかない。
人格を変えたって、それってもしかして先生の怠慢っぷりは全部作りものってこと?
……ええ!?
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