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「近藤先生っ、詳しく!」 「え、もしかしてまたなにか変なこと言っちゃった!?」 「麻橋先生の人格が変わったって、それは意図的なんですか?」 「……あっ」  どうやら本当に口を滑らせてしまったらしい。近藤先生の顔がさーっと見事に青ざめていく。  対する麻橋先生は怒っているのでもなく、動揺しているのでもなく、なにを考えているのかわからなかった。  ついさっきまで手に取るようにわかったのに、まるで表情が抜け落ちたような、そんな感じで。  もしかして、先生の素って……これ? 「ごめん柊羽」 「いいよ。いずれ言おうと思ってたし、バレるとも思ってた。まあ、予定してたよりかなり早すぎだけど」 「うぐ」  急に隣に座っている麻橋先生が別人のように感じだ。声のトーンも、話し方も、纏う空気すら俺が知っているものではない。  こんなに俺がまじまじと先生のことを見ているのに、先生は一切俺のことを見ようとはしない。  そこに冷たさが含まれていないとはわかっているのに、その横顔に温もりはないように感じた。  近藤先生のことを見ると、どうやら一切気にしていないようで何食わぬ顔でお弁当を食べていた。    俺だけなのかな。こんなに先生が冷たいと思うのは。 「いつ言おうとしてたの。その口ぶりじゃ結構あとになりそうな感じだったけど」 「そうだな。こいつが欲を出すまでは」  そこで初めて先生と目が合って、俺はつい肩を跳ねさせてしまった。  別人のような先生は、今までとは全く違く見える。  俺を見る目も当然今までのものとは別もので、思考が停止しそうになった。  俺が欲を出すまで、ということは────俺が「知りたい」と言わなければ素を見せるつもりがなかったということだ。  裏を返せば、先生自ら見せるつもりはなかったというわけで。  ……ぞっとした。  先生は、さらさら見せるつもりはなかった。  それを俺は知ってしまったのだから。    更に、今まで先生の感情がわかりやすかったのも全て演技だったということになる。校内にいる間、ずっと。そして、俺といる間も。 「……そんなんじゃ、いつか壊れるよ」 「壊れたら、それはそれで」 「……ったく」  気づいたら先生も俺もお弁当を食べきっていた。  味は一切しなくて、ただお腹が満たされただけだった。なにひとつとして味を思い出せない。  先生は相変わらず無表情のまま。近藤先生は気にした素振りを見せることなく、寧ろ肩の力を抜いて脱力しきっていた。 「要件も済んだし、そろそろ俺は帰ろうかな。柊羽はどうせ残るんだろ?」 「まあ」  近藤先生がごみを回収し、そのまま立ち上がってドアに向かってすたすたと歩いていった。  かと思えば、急に振り向いてちょいちょいと手招きをしてきた。  明らかに俺を呼んでいたので、立ち上がって近藤先生の元に駆け寄る。  麻橋先生が座っている場所とはそれなりに離れていて、俺は背を向けたまま近藤先生の目の前に立った。 「律くんは怒っちゃうかな。わざとだって知ったら」 「……へ?」  それは、なにに対してですか。  そう聞くより前に、近藤先生の両手が俺の顔を包む。  背が高いから、見上げるように顔を上に動かすと溶かすように微笑んだ顔と目が合った。  うわ、王子様みたい……  なんて的はずれなことを思っていると、先生が口を開く。 「────うん、似てる」 「……え……?」  どくんと心臓の音がした。  その目は、俺のことを見ているようで見ていなかった。

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