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「……今は、質問したいことなにも思い浮かばないからいいです」 「そう」 「その代わり」  先生の顔をじっと見つめる。  なにひとつとして残念なところがない、整った顔が俺に向く。 「俺といるとき、演技はしないでほしいです」 「……言われなくてもそのつもりだったよ。でもそう言われると結構気が楽になる。ありがとな」 「……いや、先生のためじゃなくて俺のためなので……」 「なにツンデレ発揮してんだよ」  先生に褒められるかのように頭を撫でられて、可愛げもなにもないことを言ってしまった。  やばいな、これは……やばい。 *****  あれから、家に帰ろうとしたけど先生に止められて課題を進めること数時間。  先生もいるし、数学準備室は不思議と集中できるから次々と課題が終了していった。  対する先生も長時間パソコンと向き合っており、時々会話しながら思いのほか早く時間が過ぎていった。  ふっと顔を上げると、まだ夕方なのに空が暗くなっていることに気づいた。  窓に近寄って見てみると、太陽がすっかり姿を隠してしまっている。  今日の夜の天気は、大荒れする。  爽介と優馬がそう言っていたのを今更思い出し、ばっと勢いよく顔を動かして先生のことを見た。  先生は未だ作業をしていて、外が厚い雲に覆われていることに気づいていない。  ばくばくと、心臓の音が早くなっていくのを感じた。  どうしよう、どうすればいいんだろう。  勝手に焦ってきてしまい、なにも考えられなくなった。    そうだ、天気予報を確認しよう。  慌ててスマホを開き、天気予報のアプリを開いてこれからの天気を確認する。  1時間ごとの天候を見てみると、ずーっと雨。しかも、かなりの豪雨。    胸騒ぎがした。 「どうした?」  俺がずっと立っているからか、先生が俺に気づいて声をかけてきた。    相変わらず無表情というか、なにも感じ取れない。でも数時間も一緒にいればさすがに慣れた気もする。   「あ、えっと……」 「なんか外暗いな」 「そう、ですね」 「雨降りそう」  俺の近くに立ち、窓の外を確認していた。  その横顔を見上げて、俺は口を開こうとしてやめる。  先生のワイシャツを危うく掴みそうになってしまって……それも、寸前で手を止める。  大丈夫、別に雷が落ちるわけじゃない。ただ天気が大荒れすると予報されているだけであって……  俺がなにも言わずに黙っているからか、窓の外を見ていた先生がわざわざ俺に目線を合わせてくれた。 「どうした、顔色悪いけど」 「……あ……」  先生は今、俺のことを少しだけ気にかけてくれている。  雷が落ちて会話がままならなくなる前に、今のうちに言ってしまった方がいいかもしれない…… 「先生、あの、俺」  雷が、苦手なんです。  そう言おうとした途端に窓の外が一瞬にして明るくなり、その直後大きな雷鳴と共に雷の音がすぐ近くで聞こえた。  それと同時に部屋の電気がバチンと音を立てて消え、視界が真っ暗になった。  あのときのことが雪崩のように頭の中に蘇ってきて、俺はその場にしゃがみこんでしまった。  意図的じゃない。足の力が入らなくなって、身体を支えられなくなった。  しゃがむ途中で壁に思い切りぶつかってしまい、大袈裟なくらい大きな音を立ててしまった。   「大丈夫?」  先生が俺の異変にすぐさま気づいて、俺の目の前にしゃがみ込んだ。    端正な顔立ちが俺の目の前に迫り、少しだけ雷から意識が逸れた。  ……それも束の間、もう一度外が眩いくらい光って雷鳴が鳴り響いた。 「────っ!!」  ぎゅっと目を瞑って耳を塞ごうとすると、先生が思いきり俺のことを抱きしめてきた。  頭をぎゅうっと抱きしめられ、先生の心音だけ聞こえてくる。  視界が先生の広い胸元で全て遮られて、肩にふわっと布のようなものを掛けられた。  しゃがんだ体制からそのまま先生は尻をつけて座り、俺は先生の胸に顔を押し付けるように先生の中に収まる。  普段なら絶対ありえないような距離感に、雷どころではなくなってしまった。 「せんせ……っ」 「大丈夫。俺のことだけ考えて」  いつもの数倍甘い先生の声がした。

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