86 / 148

5-12

「荷物これで最後?」 「はい」  机の上に置いたままの教材をまとめ、バッグの中に押し込む。  教材が多いわけではないし、荷物も今日は比較的少ない日なのですぐに荷物の整理は終わった。  ただ、問題は。 「いつまで座ってんの」 「……足に力が入らなくて……」  俺が一切動けないため、その荷物の整理を先生にやらせてしまっていた。  本当に足に力が入らなくて、歩くどころか立つことすらできなかった。そんな俺を先生は怒るどころか座るように誘導し、全てやってくれた。    相変わらず雨は強い。 「そろそろ行こうと思ってるんだけど、立てる?」 「……立ってみます」  暫く座っていたし、別に雷はもう落ちてこないから大丈夫……  そう思って立とうとしたけれど思うように足が動かず、前のめりに倒れそうになってそれを先生に支えられてしまった。 「……駄目だな」 「ごめんなさい」 「しょうがないね」  素直に謝ると、先生はふっと笑ってから俺の前にしゃがんだ。整理してくれた荷物と、先生のバッグを持ったまま。 「……え?」 「おんぶするから、乗って」 「ええ!? む、無理です」 「馬鹿、そんなんじゃ歩けないんだからこうするしかないだろ。それともお姫様抱っこが好み?」  お姫様抱っこの方がもっと無理……  観念して、先生の背中にぴったりと身体をくっつけるとそのままの勢いで先生が俺を持ち上げ、ふわっと浮遊感がした。  本当におんぶされてしまった…… 「え、軽。ちゃんとご飯食ってる? さすがに軽すぎる」 「女子ならいいですけど男子の俺にその言葉はちょっと傷つきますよ」 「ごめんね。でも本当のことだから」 「……」  あまりにも俺のことを軽々と持ち上げるものだからそう言われることは覚悟していたものの、いざ言われるとちょっと傷つく。  これから筋肉つけて太る予定だし。  そのまま数学準備室を出ると、電気が一切ついていない廊下に出た。壁や床を把握するので精一杯で、こんなに暗い校内は初めてだ。  まるでホラー映画のような光景に、先生の首に回した腕にぎゅっと力が入ってしまった。 「首絞めんなよ」 「頑張ります」 「頑張って」  先生が歩く度に、僅かな振動が身体に伝わってくる。  先生の背中は思っていたより温かくて、今の季節は少し汗ばんでしまうけれどそれでもこの体温が丁度いい。  俺は少し汗をかいてしまっているけど先生は一切かいておらず、汗の匂いすらしない。  雨が叩きつけるように窓ガラスに降り注いでおり、さっきまで少しは平気だったのにあっという間に恐怖に支配された。  先生の首を締めつけない程度に力を入れると、先生が歩くスピードを少し早めたような気がした。  早く車に入るため、なのかな。  そのまま階段を降り、昇降口へと向かう。  生徒用の扉は閉まっているから、教職員用の扉から出なければいけない。  さすがにここからはおんぶされるわけにもいかず、歩かなければいけないんだけど。 「歩ける?」 「…………ぅ、はい」 「無理だと思ったら言って。こんな雨だから、車まで走っていくから」  俺がなんとか靴を履き終えたタイミングで、先生がそう言う。  え、走る? え?    俺がぽかんと先生を見上げると、意地悪い笑顔でにたりと笑った。  俺が歩けないっていうのわかってて言ってんのか。 「歩くことはできなくても勢いに任せて走ることはできるだろ。行くよ」 「ええっ、ちょ、待……ええ、速! 先生速!!」

ともだちにシェアしよう!