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5-13
先生に思いきり手を引っ張られて、がくがくの足の状態で走らされた。
絶対無理と思っていたけれどあまりにも先生が速すぎるからそんなことを考えていられる余裕がなく、ばしゃばしゃと音を立てながら必死に足を動かしていると先生の車に到着した。
急いで先生が鍵を開けて助手席の扉を開いて、俺をぎゅっと押し込んだ。
ぽかんとしている間に扉が閉められ、運転席に先生が乗り込んできた。
「ふー、おまえ濡れすぎ」
「いや先生だって……」
「水も滴るいい男、だろ」
「ふはっ」
自分で言うとか、どういうこと。
そう思ってつい笑ってしまうと、先生が濡れた髪をかきあげながら俺のことを見つめていた。
その、濡れた髪をかきあげている様子が死ぬ程絵になっていて、つい見つめてしまう。
俺も先生も見つめ合っているから雨音だけが鳴る空間になった。
すると先生は俺の頭に手を伸ばしてきて、濡れている前髪をがっとかきあげてきた。
「水が目に入りそう」
「ありがとうございます……」
「寒くない?」
「あ、はい」
先生が微笑んでからシートベルトを締めて、車のエンジンをかけた。
俺もそれに倣ってシートベルトを締めると、それを確認してから先生が車を発進させた。
雨の音があまりにも大きすぎるから、運転中は会話がほとんどなかった。声を出しても全く聞こえないので、俺はずっと目を閉じていた。
雨音がしなくなったと思って目を開くと地下駐車場に車が入ったらしく、先生が1発で停車してからふああとあくびをした。
「髪乾いたな、よかったよかった」
「ちょっと寒くなってきました」
「じゃあ早く風呂入るか……」
車から降りて、少しふらつくもののなんとか自力で立ち上がり、先生と一緒にエントランスへ向かう。
……待って。ちょっと怖い。
なにも言わずに先生のワイシャツをバレないように握りしめると、先生はすぐに気づいて驚いたように「えっ」と声を上げた。
「なに」
「見なかったことにしてください」
「おまえは幽霊かなにかか」
「ひっ、なんで脅すんですか!」
「脅してないけど」
いつ雷が鳴ったっておかしくないんだから、そうやって恐怖心を煽るような……その……幽霊とか、そういう単語を出さないでほしい。
ぎゅううっとワイシャツを掴んだままなるべく先生に密着したまま歩き、エレベーターを待つ間も先生にくっつく。
先生は俺のことをちらちらと気にしていたけれどなにも言わず、エレベーターが到着してからも俺は先生のワイシャツを掴んだままだった。
エレベーターの中に入り、がしゃんと扉が閉まる。
無機質なこの空間が、なんだかとても怖い。
「……顔真っ青だけど」
「先生が脅すから」
「だから脅してねえって」
幽霊なんて言葉、脅してるも同然です。
なんなんですか先生は俺を怖がらせてなにが楽しいんですか。
男なのに雷なんかに怖がってすみませんね!
……と心の中で散々文句を言うものの、口に出す勇気なんかはない。
「うううぅー怖いー」
「……」
「先生のばか」
耐えきれなくなって、先生に抱きついてしまった。このままでは怖すぎて身体が動かなくなってしまう。
エレベーターが動く機械音ですら雷の音に聞こえてきて、怖くてしょうがなかった。
だから、先生に真正面から抱きついてしまったんだけど。
「ゴフッ……」
がつんと固いものどうしがぶつかり合う音がした。
少しだけ顔を上げて、目だけで先生を見上げると先生が頭をかなりの強さでぶつけたようで痛そうな顔をしながらも、なにかに耐える顔をしていた。
どうやら先生の頭がエレベーターの壁にぶつかったらしい。
「……?」
「見るな」
「えっ」
「俺の中の雄の本能が目を覚ましてしまう」
「は……?」
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