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いいからさっさと退け、とばかりに頭を掴まれて鏡の前から退いて、先生が歯磨きを終えるのを待った。
ピアスも泣きぼくろも、別に変なものではないと思うのにそれを隠すことが先生の計算上のものだと思うと少し変な気分だ。
そこまでして怠慢を演じたいのかな、と疑問に思ってしまう。
近藤先生の大暴露によって判明してから、先生は一切ふざけた様子を見せないし冗談も言わない。
先生の気が楽になると言うのなら俺はそれで構わないけど、なんだか寂しくも感じる。
ふざけていて、冗談を言うのも全て作り物だったのかな。
……寂しい。
────怖い。
「……もう雷落ちてくる気配ないけど、それでもまだ怖いの」
歯磨きを終えた先生が、俺にそう問いかけてきた。
鏡越しではなく対面でしっかりと目が合う。
「怖いです」
「そう」
「あと、寂しい」
「……?」
目を伏せながらそう言うと、先生が無言ながらもどこか疑問を浮かべたような気配がした。
なにも言わないかと思えば先生は突然俺の手を引いて洗面所を出た。
そのまま無言で廊下を歩いてからリビングにあるソファに俺を座らせて、先生もその隣に座った。
なんだろう、なにを考えているんだろう。
「……今の俺には、おまえを慰める言葉は出てこない」
「……はあ」
「だからなにも言えなくてごめんな」
その言葉に顔を上げて先生の顔を見ると、眉を少し下げながら俺のことを見つめていた。
学校にいるときの先生に比べたら何倍も表情筋が動いていないように見えるけど、それでも俺からしたらやっと先生の感情が浮き出て見えるような気がした。
……どうして先生が謝っているんだろう。
「先生が謝る必要なんてないです。別に、耐えれるし」
「耐えれなかったら、今ここにはいないでしょ」
「……」
「今は俺しかいない」
ああ、やばい。
ずっと緊張していたのがふっといきなり緩んで、そのついでに涙を堰き止めているものまで緩むかと思った。
嫌だ、今は泣きたくない……泣いてしまったら先生にまた弱いところを見られてしまう。見られるのは、嫌だ。
寂しさやずっと俺の中に根付いている恐怖が消えようとしない。
消したくても、消す方法がわからない。
目を瞑ろうとしても、思い出してしまうのは冷たい空気の部屋と体温を感じられないそれ。溢れ出てくる悲壮と止まることを知らない虚無。
「我慢するなとは言わない」
「……」
「けど、大人に甘えてもいいんじゃないの」
先生が広いソファの端に寄って俺に向かって脚を開き、俺に両手を開いていた。
考えるよりも先に身体が動き、気づいたら身体ごと先生に包み込まれていた。
温かい先生の体温が、俺の中に奥まで浸透するように広がった。
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