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そうやって連れてこられたのは、リビングとは打って変わってダークブラウンで統一された寝室だった。
既にカーテンは閉められていて、先生が電気をつけるとオレンジ色の光が部屋を照らした。
暗いから中がどうなっているのかはよく見えないけれど、うっすらと確認できたのはひとりで寝るには大きいベッドと机とイス。あとは、サイドテーブルくらい。
寝室というだけあって本当に寝るためだけの部屋だ。
先生はゆっくりと俺のことをベッドに降ろし、そのすぐ隣に先生も寝っ転がった。
……先生と、一緒に、寝る。
字面だけ見たらとんでもないことだけど、正直そんなことを気にしていられる余裕は今の俺にはない。
照れ臭い思いをするのは明日の朝でいいから、今は雷や外の悪天候のことを考えずにいたい。
「狭くない?」
「はい……寧ろ、広い」
「そう」
先生が布団をかけ、ついでに電気も消していた。
完全に消えるわけではなくて、睡眠の邪魔にならない程度の明るさの光だけになった。
今はもう、先生の横顔だけしか見えない。
先生は仰向けで、俺は先生に向かって横向きで横たわっているから一方的に俺が先生に身体を向けているということになる。
鼻高いなあ……と思いながらぼーっと先生の顔を見つめていると、先生が視線に気づいたようで身体は仰向けのまま顔だけ俺に向けてきた。
「寝れそう?」
「……わかんないです……」
「寝れるまでお話ししようか」
俺がそう言うと、先生は仰向きだった身体を俺に向け、顔を腕で支えながら俺の顔を見つめてきた。
少し気だるげそうに、いつもよりも伏せられた目で見つめられる。
本当に格好よすぎるなこのひと。なんて、どこか落ち着いた頭でそう思った。
ずっと見つめていると、先生が口を開く。
「なんか最近元気ないように見えるんだけど、なにかあった?」
「え、なんで……」
「わかるよ、さすがに。教師なめんなよ」
いままで誰にもそんなことを言われなかったのに、どうしてよりによって久しぶりに会った先生に気づかれたんだろう。
やりとりも少しだけだったし、今日も態度に出さないようにしていたのに。
……話したら、少しは楽になれるかな。
「……実は、お盆に実家に帰省することになって」
「うん」
「それ自体は全然いいし、楽しみなんですけど……親戚が多くて、その親戚には会いたくないっていうか……」
家族に会えることは嬉しく思う。けれど、親戚たちに会うのが嫌で嫌で堪らないだけ。
嫌な理由はいくつもある。挙げたらキリがないし、数え切れないほど。考えるだけでも嫌になる。
悪いひとたちだけではなくていいひともいる。それをちゃんとわかっている上で俺は会いたくない。
だからそれが憂鬱で、どうせなら今、先生と同じベッドで寝たまま時が止まってしまえばいいのになんて思う。
「成程。だから元気なかったのか」
「よく気づきましたね……」
「まあ。親戚に会いたくないってこと、ご両親には言ったの?」
「……言ってないです。ただでさえ苦労かけたのに、そんな我儘言えない」
ひとり暮らしをするための資金まで出してくれて、仕送りまでしてもらっているのに我儘言えない。
それならば俺が耐えたほうがいい。
慰めてほしいわけでも褒めてほしいわけでもないけど、そう言った。すると先生の顔はみるみるうちに優しくなっていき、そのまま俺を見つめる。
「おまえは……本当に、優しい子だな」
「優しくなんかないですよ……」
「優しいよ」
どっぷりと糖分が含まれた声で、思いっきり俺を甘やかすようにそう言われた。
胸の奥がぎゅっと引き締まったような感覚がして……心臓が早鐘を打ち始める。
先生に、ときめいてしまった……
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