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────初めて。
初めて先生の強い独占を感じた気分になり、俺は口を半開きにしたまま閉じれない。
言葉の意味を理解するより前に、急な胸のときめきによる体温の上昇を感じた。
こんな、俺なんかに先生が構う必要ないのに……どうして……
「できることならおまえの腕も脚も縛って俺の傍に置いておきたいけど、残念ながらそれはあまりにも非現実すぎる」
「……」
「……が、おまえを言葉で拘束することなんて、あまりにも容易い」
「っ」
人間の頭は、するなと言われると余計言葉を意識してしまう傾向にある。
明日になったら忘れろなんて、その構造を応用させた言葉のようなものだ。
忘れられるはずなんかない。
先生はそれを十分に見越した上で俺にそう言った。
雷の恐怖で頭が働かずに言葉をそのまま受け取るしかないまま、わざと理解しづらい文を連ねて俺が逃げられない土台を作った上で、本命の言葉で俺を雁字搦めにしてしまう。
ああ、なんて敵わないんだろう。
どこか普段に比べてふわふわした頭で、そう思った。
「先生だって、らしくない……」
「ん?」
「そんなことだったり難しい言葉、普段だったら他のひとの前では絶対言わないのに……」
とてつもなく回りくどい。回りくどくしてでも、俺に理解させようとする打算的すぎる行動。
────らしくない。
先生は俺にそう言った。
俺から言わせてもらえば、俺から先生に対してもそう言える。
だから、その通り言葉にした。
しかし先生はどこか納得のいかない様子で眉を下げ、俺のくちびるを人差し指で封じた。口封じをするには足りなすぎるそれでも今の俺には十分……
「今は、ベッドの上なんだから」
「……」
「他の奴なんてどうでもいい……俺の言葉は、全部おまえのためのものだよ」
ベッドという言葉を強調して、やけに甘い響きを持つ声で言った。
高価なプレゼントを贈られた気分にでもなったみたいだ。それくらいに、先生の声は威力がある。
充てられた……完全に……
まだ雷の恐怖が拭えない身体は、先生の声に反応してしまうくらいには弱っていた。
強がりはもう……ぷつんと切れた。
先生の顔を支えていた腕に手をかけて伸ばさせ、その上に俺の頭を乗せる、所謂腕枕。
その状態のまま俺は先生との距離をぐっと詰め、ぴったりと互いの身体が密着するくらいに近づいた。
そうして俺のくちびるに当てられていた人差し指を立てていた手を掴んで……俺の、頭に。
「言葉だけじゃなくて……優しさも、頂戴」
「……っ」
「明日になったら、忘れるから……」
先生が俺にくれる体温も。今だけのものにするから。
言葉に隠れた意図を先生が汲み取ってくれたのか、そのまま頭を優しく撫でてくれた。
そうすることによって俺の恐怖は少しでも和らいでくれて、窓をずっと叩きつけていた雨が止んでいることに気づいた。
今感じるのは先生の息遣いと、体温と、優しさだけ。
……今だけは、許してほしい。
段々と視界がぼやけてきたまま超至近距離で先生の顔を見上げる。と、どっぷりとした胸焼けしそうな甘さを含んだ笑みで俺のことを見つめていた。
────そのまま、俺を甘やかして。
行き場を失っていた腕を先生の背中に回して、脚も先生に絡める。
ぎゅうっとくっついたまま目を閉じて、先生を感じる。
普段、こんなことは絶対にしない。
けれど……今は、今だけは。
俺の我儘に、踊らされていてほしい。
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