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勢いよく立ち上がり、呆然とする爽介の腕を無理やり掴んでその場をあとにする。
俺たちが大部屋を出た途端、あのおばさんがきいきい騒いでいる声が聞こえて、耳を塞ぎたくなった。
本当だったら家に来てすぐに目的を果たしたかったのに。と思いながら無人の廊下を進んで行く。
俺のことを侮辱するのは構わない。けれど、兄さんのことを侮辱するのは誰だろうと許さない。
「ごめん、庇えなくて。あのひとがなにを言おうとしてたのかわかったのに」
「……ううん、大丈夫」
爽介の顔が見れなかった。
爽介には背を向けたまま歩いて行き、とある部屋の前で俺は足を止める。
少し後ろを歩いていた爽介も、俺の隣で足を止めた。
俺がこの部屋に入っていいのか、とばかりに爽介は俺に視線を送ってくるけど、俺は構わず扉を開けた。
その部屋は、仏壇の部屋だ。
……俺の、兄さんの。
仏壇には屈託のない笑顔を浮かべる兄さんの写真があり、その写真の中の兄さんは三年前のまま止まっている。
線香がいくつか立てられていて、あの場にいる何人かが線香を上げてくれたのだろう、と思った。
随分久しぶりにここに来た。
冬に来た時は、あまりにもばたばたしすぎたのと親戚に苛立ちすぎてこの部屋には来れなかった。
……兄さんは、怒ってしまうだろうか。
座布団を横にずらして畳の上に爽介のスペースを空けて座ると、爽介もその横に正座をした。
線香に火をつけて立て、爽介も立てたのを確認してから鐘の音を鳴らす。
独特な和音が狭めの部屋中に広がり、俺も爽介も手を合わせて目を閉じた。
俺の兄さん────迅は、三年前に交通事故で亡くなった。
重い荷物を持ったお年寄りが信号を渡るための手伝いをしていたらしく、手伝いを終えたタイミングで居眠り運転の大型トラックが突っ込んだらしい。
そのまま兄さんは吹き飛ばされて何度も地面にぶつかっては転がり、頭を強く打ち付けてほぼ即死状態。
病院に搬送された頃には意識もなく、俺が向かった時には既に息を引き取っていた。
その日の夜は激しい雷雨だった。
兄さんは、誰にでも優しいひとだった。
勿論俺にも優しかったし、爽介にも優しかった。時には俺を正しく叱り、それでいて俺に色んなことを教えてくれた。
反抗期がなかったのは優しい兄のおかげだったし、俺はそんな兄さんが大好きだった。
────けど、あまりにも突然すぎる別れだった。
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