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 兄さんが亡くなったと知っても現実味は全くなくて、息をしていない人間味を感じられない兄さんを見ても実感が湧かなくて。  葬式をして、兄さんが焼かれて骨になって出てきたことでようやく兄さんが死んだんだと思った。もう俺に笑いかけてくれないことを知った。  葬式場の誰も見ていないような、誰も来ないはずの場所で号哭するかのように泣き叫んでいたとき、誰かがそんな俺を隠すようにジャケットをかけてくれたことを覚えている。  ……それが誰なのかも覚えていないくらい、俺は兄さんの死が当時の俺には辛いことだった。  なにが起きたとしても、時計の秒針は無情にも回転を続ける。立ち止まってはくれない。いくら止めたところで、意味はない。  時間というのはそれほど残酷なもので、俺にはあまりにも兄さんとの時間がなかったような気がした。  兄さんの口癖は、ありがとうだった。  兄さんの最後の言葉は、ごめんねだった。  その日は俺が夜に兄さんとご飯を食べに行く予定で、兄さんは友達と会っていた。何日も前からの約束で、俺はとても楽しみにしてた。  兄さんが俺に遅れると電話をしてきて、俺が少しだけ機嫌を悪くしたら兄さんがごめんねと申し訳なさそうに謝ってきた。  なんだかそう言われたことがものすごく癪に障ってしまい、そのまま俺は電話を切ってしまった。それが俺と兄さんの最後の会話だった。    もしわかっていた別れなのであれば、俺は兄さんになんて言っていただろうか、なんて決して訪れることのないことを考えてしまう。  伝えるのは感謝か、日頃の無礼を謝るものか、それとも────  俺が日頃つけている銀色のネクタイピンは、兄さんの形見。  兄さんがいつも身につけていたものを俺が身につけることによって、勝手に兄さんが見守ってくれているような気持ちになっている。  それは単なる気休めに過ぎなくて、けれど失くしてしまえば俺はきっと我を失うだろう。  ものへ込められた思いは、時に莫大な威力を放って理性をも吹き飛ばしてしまう。    ものは、どんなものであれ非永久的だ。  俺が無理やり力ずくで縫いつけて押さえている理性を失うのはいつなんだろう。  ずっと閉じていた目をゆっくりと開き、笑顔の兄さんの遺影と目を合わせる。つい、感情を隠すことなく顔を顰めてしまう。  (────俺も早くそっちに行きたいよ、兄さん。)

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