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 おまえみたいな年下なんて眼中にないという意味を含んだことを言えば、眉毛を八の字に下げてぴたっと震えを止めていた。  震えが止まったのは、なにかしらの感情のメーターが外れて振りきってしまったからだと思われる。  あ、まずいな。  そう思ったときには、大きく口を開いて咆哮のように言葉を発しようとしていた。 「っ、おれが知ってる律くんはそんなのじゃない!! 違う!! 嫌だッ、やめろやめろやめろ!」 「……は……?」 「おれの律くんを返せ!! そんな汚れたひとじゃない!! クソッ、クソォ……!!」  なに、言ってんのこいつ。  目の前で喚き続ける男が言っている意味がわからず、硬直した。  元の顔を忘れてしまうくらい恐ろしい顔で聞き取れないくらいぐしゃぐしゃな言葉を放ち続けるその様が怪物のようで、気味が悪かった。    こいつが見ている俺は幻想の俺にしか過ぎない。  だったらいっそのこと、それをぶち壊してしまえばいい。嘘でもなんでも。 「俺は汚れてるよ。綺麗じゃないし、色んなことを知ってる。おまえみたいな幼稚な奴は知らないようなことも、たくさん」 「……るさい……」 「おまえ、俺のことなんも知らねえだろ? それで俺のこと知ったかぶりすんな。気持ち悪いよ、おまえ」 「うるさいうるさいうるさい!!」  獣が突進してくるかのような気迫で俺を殴るために四つん這いで猛進してきた。  それでも俺にはあまりにも鈍間に感じられて、容易にそれを躱す。  勢いを殺せなかったのか、そのまま畳にべしゃりと崩れ落ちていた。見た感じ運動神経は悪そうだからろくに受け身も取れず、痛い思いをしただろう。  好き勝手自由に言われて、黙っていられるはずがない。 「勝手に幻想抱いて、それを俺に押しつけてくるんじゃねえよ」  吐き捨てるように、言う。  すると、今までへたり込んでいた男がゆっくりと身体を起こし、開ききった目を俺に向けながら言い放ってきた。 「……どうせ誰でもいいんだろ……?」 「……」 「おれにケツ向けてよ……淫乱……なぁ……? どうせ誰にだってそうするんだろ……?」  急に下品な笑みを浮かべはじめ、じりじりと迫ってきた。  ……俺はどうやら、東京での高校生活の中で目が肥えてしまったようだ。 「悪いな、俺は格好いいひとが好きだから」 「……ッ!!」  なんて、露ほども思ってないけれど。  傷つけきってしまったほうが俺の身も安全だろう。こいつも、俺がなにを言うのを期待していたのか俺の言葉に失望しきった顔をしている。  それを見たって別に心が痛んだりなんてしない。  するとゆるゆると立ち上がって、なにやら呟きながら襖の方へ歩いていった。

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