117 / 148
6-16
汚い、汚いと呟きながら出て行き、腹いせのつもりなのか壊れてしまうくらいの勢いで襖を閉めていった。
張って切れそうになっていた糸が一気に緩んだように、俺は身体中の力が抜けた。手ががたがたと小刻みに震え、その場に縫い付けられたように身体が動かない。
それでもこの空間にいたくなくて、スマホを手に取って鉛のように重たい身体を引きずるようにして、部屋から出た。
そのまま歩き、広い庭が見える位置に止まる。
夜の庭をぼーっと眺め、俺はしばらくほぼ無心でその状態でいた。
身体は疲労が蓄積しているはずなのに、一刻も早く寝たいのに身体は簡単に言うことを聞かない。
しんどいな、本当に。
明日は兄さんのお墓参りをする予定だ。
きっと辛い思いをするだろうから、そのためにも今日のことは忘れないといけないのに、頭を巣食って離れてくれない。
でも、寝たら明日が来てしまう。
嫌だな……嫌だ……
目をぎゅっと閉じると、兄さんの屈託のない優しい笑顔を思い出してしまった。
慌てて目を開き、意味もなく頭を振る。思い出したら、泣いてしまいそうで。感傷的になっている今は特に。
その反動で手から力が抜け、握っていたスマホを庭に落としてしまった。
拾うためにしゃがみ、もう一度立ち上がったはずみでロック画面が表示され、そこにはメールの通知が一件。
『大丈夫?』
麻橋先生から、その言葉だけが送られてきていた。20分前だった。
どうしてこの言葉を送ってきたのかはわからない。ただ単に俺が実家に行くのを嫌がっていたのを知っていたから、それを気にして送っただけかもしれない。もしくは、ただの気まぐれかもしれない。
それでもいい。俺は────
俺は、気づいたら先生の電話番号を打っていた。
スマホを耳元に当てて、電話の呼び出し音を聞き流す。
しばらく待ってみるけれど、出る気配はない。
時間が時間だから先生は起きていないかもしれない。やっぱり切ろう。
そう思った時だった。
『……ん……なんだ、どうした……?』
先生が電話に応じた。
寝ていたと思われるくらいぼんやりした声と、歯切れの悪い言葉。
普段だったら申し訳なさが勝つのに、今の俺は電話に出てくれたことが嬉しくて口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
すると、電話をかけたのになにも言わない俺を不審に思ったのか、先生は言う。
『え、間違い電話じゃないよな?』
「はい……すみません、寝てましたか」
『いや、平気……丁度トイレ行こうとしてたし』
眠そうな声をしているから、それが嘘だというのはすぐにわかる。
けれど、俺のための優しい嘘は俺の涙腺を揺らすのには十分だった。
先生の優しい声を聞くだけで、なんでか泣きそうになる。
ともだちにシェアしよう!