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昨日の、あのおばさんの言葉。
父さんに誰かが言ったのだろう。俺に対してこんなことを言っていたって。
こっそり今日の朝優しいおばさんから聞いたんだけど、あの後父さんは珍しくそのひとに対して怒ったらしい。
普段温厚なひとが怒った時の威力は、とてつもなく大きい。その場にいた大人ですら足が竦んでしまうくらい、だったのだとか。
……まあ、そりゃ怒るよな。
死んだ子どもだけじゃなくて、頑張っている俺すら馬鹿にされたんだから。
こんなことで父さんが大事にしてくれているということを感じたらいけないのかもしれないけど、それでも俺は父さんが怒ってくれて嬉しかった。
「ありがとう、俺のために怒ってくれて」
「……お礼を言うもんじゃないよ。父さんはもう、律が悲しくて泣く姿を見たくないだけだから」
その、父なりの思いやりが溢れた言葉に心にぽつんと落ちた黒い雫が広がっていった。
父さんは、こんなにも俺を大事に思ってくれている。それは、わかってる。
わかってるけど……俺は……
父さんに見えないように歯を食いしばる。
俺がいなくなって悲しむひとはいるのだろうか、と想像する。
そう、想像して真っ先に顔が浮かんだのは。
『会いたい』
恐らくそれは、俺が今まであの子と接してきた中で一番の感情表現だと思う。
電話越しに涙を流しながら、それでいて弱さを隠すように強がった声色で。
……想像した。
俺に電話をかけながら、涙を流して崩れ落ちる姿を。
目が、眩むかと思った。
高校生のくせに高校生とは思えないくらい落ち着いているかと思えば、それは単なる自らの欠陥を守るための壁に過ぎなくて、その壁を壊してしまえば、その中身は触ったら崩れてしまうくらい、脆い。
きっと、あの子が実家に帰った際にその壁が壊れるなにかしらの出来事があったのだろう。
そうでないと、あんな声は出せない。いや、出さないはずだ。
なにかあれば、あの子は真っ先に俺を求めてくれるだろう、なんて思っていた。
その読みは的中した。けれど、まさかあそこまで弱った状態で俺を求めてくるとは思わなかった。
と同時に、あの日以来見たことがないあの子の泣き顔を頭に思い浮かべる。
それと共に湧き上がってきたのは正義感、背徳感、そして独占。
あの大きな目から零れる涙を拭い、あの子の細い身体を自分の腕で搦め掬ったらどうなってしまうのだろう。
あの子が望む言葉を俺があの場で言ってあげることができれば、どれだけ彼の心を軽くしてあげることができるのだろう。
近くにいれば、そんなことは簡単に叶うのに今は遠い。
机の上に大量に重なった仕事と入り組んだ予定。それがなければ、昨日すぐにでもあの子の元へ行けたのに。
あの子が実家に帰っている間くらいは、俺から解放してあげようと思った。
だからわざと仕事を貯めて、あの子がいない間に片付けてしまおうと思っていた、のに。
やっぱり計画は簡単に狂ってしまう。
ただ、嬉しい誤算だった。
電話はかかってくるかもしれないとは思っていたけれど、まさかここまでとは。
……俺の存在意義は、それ、だ。
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