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 ばちばち、と音を立てて火花が舞っている。  こういうものは集中しすぎたらよくない。あまり手先に敏感になりすぎず、かといって油断しすぎないように心がけるのだ。  そうすると……ほら、綺麗に咲き誇ってくれる。 「あーっ、しまったァー!!」  一番に落ちたのは俺の隣に座っていた奴で、あまりにも命を削るような声で叫んだものだから全員がその声に笑った。  すると俺含め、全員の線香花火がぽとっと一斉に落ち、呆気なく最後の線香花火は終わった。  暫くその意外な結末に全員が腹を抱えて笑い、誰かの変な笑い方につられて誰かが笑い、そうしてまた笑いの連鎖が起こる。  俺も爽介もその様子を見つめ、一緒になって笑った。 「夏休みらしいことできて嬉しいわー。誰かさんがジュースまで奢ってくれるからな」 「くっそ……俺のバイト代が……」 「おまえんとこ最低賃金だもんな」 「黙れェェェェ」  花火の残骸をビニール袋にまとめ、火を消してからわいわいと後片付けをする。  まだまだ夏は続くのに、夏が終わったような気分になった。俺の中に灯った光も、消えてしまったかのような。  ただ、消えたならまた点ければいい。  何度も同じ花を咲かせるように、もう一度…… 「……あれ、なんかあそこに車止まってね?」  誰かがそう言った。  火が点く音が、した。  その声につられるように土手の上を見上げると、こんな田舎には不釣り合いな黒塗りの高級車が一台、止まって────  あれ、と思った。  俺はその車に、確かに見覚えがある。  いや、まさかな。と、目を逸らそうとしたそのとき、運転席からひとりの男が降りてきた。  その男は俺の存在しか捉えていなくて、少し離れた暗い中でもすぐにわかった。  高い背格好に、しゃんと伸びた背筋と長い脚。  ぬるい風に、そのひとの茶色がかった髪が揺れる。  (……麻橋先生だ……)  来て、くれたんだ。わざわざ東京から俺のために。  電話で、会いたいってあんなに情けない声で言った俺のために……俺、だけのために────  ようやく表情を確認できるくらいの位置にいる先生が、溢れかえるくらいの甘さが混じった表情を弛ませた。 「迎えに来た」  ……小さいとき、王子様に憧れた。  舞踏会にやってきたシンデレラに恋をして、12時になる前に消えてしまったシンデレラのガラスの靴だけを頼りに、忘れられないひとを探す……だなんて、こんなに素敵な話があるんだ、と当時の俺は感動した。  あれはお城に行くかぼちゃの馬車ではないし、俺はお姫様でもなんでもない。この世界に魔法使いも存在しない。ガラスの靴なんて落としていない。  けど……  あれは、間違いなく、俺の。 「っ、ごめん、爽介!!」 「えっ、え……!?」  未だに呆然としたままの爽介は俺の言葉の意味がわからないまま立ち尽くしており、俺は先生の元へ燃えたぎる衝動のまま駆け出していた。

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