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6-27
土手の急な斜面を駆け上がり、車の助手席に乗り込んだ。
すると先生も運転席に乗り、俺がシートベルトをつけたのを確認することもなくその場から車を発進させた。
はあはあと息が荒くなる。心臓が急な運動に驚いて、必死に動いているのを身体の中で激しいくらいに感じる。
「あ、俺の荷物……」
「後ろ見ろ」
「え」
その言葉通りに後部座席を見てみると、実家に置いたままの荷物が何故か置いてあった。
先生が俺の実家に取りに行ったということだろうか。けど、両親がそれを許すのか……?
どうしてあの場所がわかったのか。どうしてわざわざ来てくれたのか。疑問だらけの頭はすぐに働かず、俺は田んぼだらけの景色をぼけっと見ることしかできなかった。
けど、そんなままならない思考も先生の声でぶつりと切れる。
「……悪いことしたか」
「え?」
「迎えに来た、なんて……格好つけすぎたかな」
どうやら先生は申し訳ないと思っているようだ。
俺が友人たちと集まっている中、俺のことを無理やり連れ去ったように思われていないか心配でもしているのだろうか。
……らしくないなあ。
先生の顔を見ないように運転席とは反対側の窓を見て、俺は言う。
「……先生は、俺のために来てくれただけじゃないですか」
「……」
「嬉しい、です」
会えるとは思ってなかった。ましてや、ここまで迎えにくるとも思ってもいなかった。
行先も言っていなかったのに。俺がどこにいるかなんて、両親も知らないはずなのに。
なんだか恥ずかしくなって口元を両手で覆うと、運転中の先生が右手をぽんと俺の頭の上に置いた。
そのまま雑に撫でられて、手が離れていく。
「ちゃんと、俺の言うこと守れたな」
「……ぁ……」
「偉い偉い」
おまえの弱い部分を見せるのは、俺を最初で最後の男にしてくれという言葉を思い出す。
けど、それは確か。
「先生、忘れろって言ってませんでしたっけ……」
「……」
「だっさ」
「車から追い出すぞ」
「冗談! ジョークですから!」
今車から追い出されてしまったら俺はふらふらと暗い中彷徨うしかない。そんなことあってたまるか。
そもそも、あまりにもかっこつけられすぎても変な気分だ。ちょっと抜けているくらいで丁度いい。先生は、そうであってほしい。
完璧でなくていいから、俺がどうすればいいか困っているときにいてほしい。なんて。
(……え……今、俺、なにを思って)
「……少しは元気になった?」
「……あ、まあ……」
「よかった」
ちらっと先生の顔を見てみると、本当によかったとでも言いたげなように微笑んでいた。
やっぱり先生は、電話のときのあの情けない声を覚えているのか……と、少し恥ずかしくなった。正直覚えていてほしくはない。あそこまで情けない声を出すつもりはなかったのに。
赤信号で、車が止まる。他に車はいない。
湧き上がった疑問が、口をついて出る。
「……どうして、こんなところまで来てくれたんですか」
改めて、聞いてみる。
すると先生は一切迷うことなく、俺の顔に手を伸ばしてするりと頬を撫でた。
「あんな声で会いたいって言われて、俺が来ないとでも思ったか」
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