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 その瞬間、なにかが大袈裟に音を立てて俺の中で落ちた音がした。  なにが落ちたのかはわからない。  わかることは、ただひとつ。  ……先生は、こういうひとだ。  俺が嫌になるくらい、俺に甘い。    車は高速道路を走っていて、その揺れの心地良さについ寝そうになって耐える。  もう俺の地元の面影は一切残しておらず、俺の本来いるべきである場所の東京に向かっている。  先生と一緒だからか、不安はない。  すると、俺が寝ようとしたところで襲ってきた男に言われた言葉を今更思い出してしまう。  汚いと、何度も言われた。俺は綺麗な人間ではないけれど、ああ言われてなにも気にしないほどタフでもない。  なんとなく、本当になんとなく。  夜の暗い高速道路をぼーっと見つめながら口に出した。 「……俺、汚いですか」 「え?」 「汚い、ですか」  先生の顔が見れない。見たくない。  もし先生まで俺のことを汚いと言うなら、俺はたぶん立ち直れない。  ぎゅっと目を瞑っていると、先生ははあ、とため息を吐いた。ついその音にびくっとしてしまう。 「綺麗だよ」 「……!」 「時々、見惚れる。あまりにも綺麗すぎて」  思わず、その言葉にばちんと叩かれたような衝撃を受けて先生のことを見てしまった。  運転をしているから当然前を向いたまま。けれど、俺が見ていることをわかっているのか口角が僅かに上がっている。  歯が浮いてしまうような言葉を、そんな簡単に俺に言うなんて。  恥ずかしくなって、先生の顔から目を逸らす。 「……綺麗なんて、そんなの……」 「なんだろうな。俺が汚れているだけかもしれないけど」  どういう意味での汚れなのか、俺にはわからない。    俺と先生とでは年齢が違う。人生経験も違う。言葉の重みも違う。  だから……先生に綺麗だと言われて、どこか安心した。  万一先生に汚いと言われてしまえば、俺はもう立ち直れないかもしれないから。 「……でも、馬鹿正直に綺麗って言われるのも照れるんですけど」 「なに、言われたいわけじゃなかったの」 「そんなわけない。ただ汚くないって否定するだけでよかった」 「随分注文が多いな」  俺のあまりにも子どもっぽい言葉も、先生は軽く笑って対応をする。  先生が大人だということがしみじみと伝わり、その安心感に本格的に眠気が襲ってきてしまった。  ……眠ってしまう前に、ひとつだけ…… 「先生、どうして俺があそこにいるってわかったんですか……」  決して狭くはない地元だ。しらみ潰しに探そうにもさすがに骨が折れる作業だろう。  それを、いとも簡単に先生は見つけたように思えた。  早く、答えてほしい……そうじゃないと、眠ってしまう……  ぼんやりとした顔で先生の横顔を見つめる。  眠くなった頭は正常には働かない。  俺の問いの答えを求めるよりも、先生の横顔に見入ってしまった。  今まで何度も先生の横顔は見た────のに、どうしようもないくらい格好よく見えてしまって、俺は先生の横顔を見つめたまま意識が沈んでいった。 「どうしてだろうな」  なんで俺を見つけられたの、という問の答えを、すっかり眠りに落ちてしまった子の隣で静かに呟く。 「……呆れられるだろうか」  年甲斐もなく、必死になって律を探していたと知られたら。

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