3 / 7
第3話 逆光
「あっ」
咄嗟に左の耳に手をやると、狼狽えながらその場にしゃがみ込む。
「待て!慎動くな!」
忙しなく足下の草をかき分け始めた。
「依、いつまでこうしてれば良いんですか?」
何事かと、問う乙慎。傍観するつもりもないのだが、目標を知らないことには手伝いようもない。
「いや、これがさ。左の方なんだけどひとつ落ちたみたいで」
もとはこれ、と琉依が右耳に煌めく耳飾りを乙慎に見せた。
陽光にいっそう輝く地金は、夕日の赤銅 と夜明けの薄明 を織り上げたように複雑に色を変える。その色合いは繊細に連なり、揺れるように作られている。末尾には、小さな真珠と雫のように研磨された青玉がひとつに連なる。それが二連あるのだが、左の飾りにはそれが一連しか残っていなかった。
「いきなり落ちるかな……もう。なんか縁起悪いし、どこに……」
「依にしては珍しい形をつけてますねぇ」
乙慎もしゃがみ、探し始めてくれる。
人の手が作ったその装飾品はきらきらとして、繁茂する自然物とは似つかわしくないものだ。しかし、何しろ小さい。こうも紛れてしまうと、範囲を広げて丁寧に調べていくしかない。
「下がる形のはあまり好きじゃないんだけどさ。今日は客が来ると言ってしまったばかりに、どうしてもこれをつけろと……うわぁ、無い……」
無くすと嫌だからいつものでいいのに、と少し離れたところも探しながらうんざりとこぼす琉依。
「……客、ね」
その声音を発した口を、乙慎はぎくりと塞いだ。
言葉に危惧したのではない。およそ自分のものとは思えない声に感じられたからだ。
そこまで大きくなかった、とは思う。
しかも、この距離。
聞こえてはいない、はずだが。
張りつけたように塞ぐ手を下ろせないまま、そろりと目だけで伺う。その先には、先刻と変わらず黙々と捜し物に徹する琉依の姿があった。
「つけさせといてな、お高いですよ、なんて言うんだぞ? 勘弁してほしいわ……」
見届けて、溜め込んだ息が、安堵するように指の間から長くこぼれた。
そうして彼はきらりと主張するそれに、ようやく気づく。金、白、青が成す三色の宝玉。琉依の捜し物を拾い上げ、乙慎は立ち上がる。
歩を進める。その度にさく、と草を踏む音も主は気にとめることもない。手の中の小さな宝玉を、懐に落とす。近づく距離は一足長ごとに短くなる。
そこまで、三歩。
あと、二歩。
もう、一歩。
名を呼ぶ。
「琉依」
「お、あった?」
短く言い終わるよりも、僅差だが乙慎の動作が早かった。
「ちょ、っ……」
降ってきた呼び掛けに応えようと、屈めた背を伸ばすところで、琉依は押された肩から均衡を崩す。背後の巨木にもたれ掛かるように座り込んでしまったところに、両肩に降ってきたように据えられる手。
その手から先をを見上げれば、乙慎の顔が真上にあった。
不意に強い風が、辺り一面を一斉に揺さぶっては逃げ去るように吹き渡った。木漏れ日が斑 な影を落としながら、葉擦れとともにざわめく。
見上げてもその先の表情は判然としない。きつく射し込む日差しで暗く落ちる影が、隠しているせいで。
ともだちにシェアしよう!