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2 ヘビクビガメ科、カメ

「歌、上手だな」 「へ?」  聞かれてた? っていうか、口笛ですけど。口笛に上手いとか下手とかそんなになくない? そんで、その口火笛のことを歌って言う人、いなくない? 歌じゃなくない? 「あ、えっと、あり、がと?」  ただの口笛ですけれども。  同じ学年だけど話したことは一度もなかった。  向こうはイケメンモテ組、俺は平々凡々組。部活はサッカー部と陸上部。しかも俺のやってる競技はマラソン。努力と根性でとにかく走るマラソンと、ボールを蹴って走って、また走ってのサッカーじゃ、同じ屋外運動部でも全然違ってる。地味度が違う。クラスも違う。市井はA組、俺はE組。二クラス合同系の授業でも一緒になることはない。皆無。  だから、共通点も皆無。  会話だって皆無。 「俺、A組の市井」 「あ、うん。知ってる、よ」  皆無、だったんだけど。今、しゃべってる。人生初遭遇。  そんで、知ってるって言ったら目を丸くされた。 「俺のこと?」 「うん……」  そりゃ、知ってるでしょ。知らないわけなくない? サッカー部のキャプテンで、地区大会優勝で、成績優秀、しかも、イケメン。サッカーのユースがどうのこうの。わかんないけど、詳しくないからさ、でもなんか、勧誘されたって聞いた。あたりまえだけど女子からも大人気。人気すぎて男子から嫌味とか言われても良さそうなのに、男友だちめっちゃいるし。どっこも欠点がないなんてさ。 「っていうか、市井こそ、よく俺のこと知ってんね」 「えっ、ぁ、いや……あのさ」 「おーい、啓太―!」  遠くから市井が呼ばれた。 「あ、あぁ!」 「こんなとこにいたー」  きっと、ちょっと、俺の苦手なタイプの感じがする。なんていうか、イケメンと可愛い女子だけしか入れない地区の住人みたいな。もちろん俺は部外者だから、入れないし、入れてはもらえない感じ。 「ごめん、また、白石」 「あ、うん」  市井は慌てた様子で俺の横を通り過ぎていった。少し遅れて振り返ると、市井がそのグループの中、真ん中にいた。 「……またって……」  またって言われたなぁって、俺はぼんやりとその背中を見ながら思った。 「……ぁ」  そして、ちょっと驚いたんだ。  俺、ああいうモテ系の人たちってなんかさ、どうもダメなんだ。交わることもないだろうし、向こうにしてみたら俺は取るに足らない、いわゆる「モブ」ってやつだろう。そう思われてるんだろうなぁとか考えちゃうとね。  なんかね。  けど、市井にはそういうのがなかった。  苦手意識とかっていうのがなくて。  また、なんて言われて、うん、なんて無意識に頷いてしまっていた。  またっていうのは、次があるってこと。今回があって、その次があって、その次の時にね、みたいな次回がある時に使う言葉。 「また……」  ほら、辞書にもそう書いてある。別のこと。この次のこと、だってさ。 「またまたぁ」  ふたつくっつけると、前に起こったことの上に重ねて起こること、またしてもの意味。もしくは、カメ。ヘビクビガメ科のカメ。 「カメっ? これ?」  一応、三年生の夏ちょい前なのでと始めた受験勉強の隙間時間、ちょっと隙間というわりには長いこの時間に、ふと手元にあったスマホで、「マタマタ ヘビクビガメ科 画像」って調べたら、なんか枯葉みたいなカメが出てきた。 「へぇ」  全然関係ないことを調べては、なるほどなんて頷いてみたりした。いわゆる、横道に逸れまくりの無駄な休憩。  けどさ。 「……」  背、すごい高かったな。  あのモテ軍団の中にいてもなんかさ、真ん中にいたからかな。オーラがあるっていうか。スラーッとしてるけど、胸板はある感じ。強そうだけど、汗臭くはなさそうな感じ。  話してみたら、なんか声が低くて、落ち着いてて、やいやいしてない感じ。  ありゃ、モテるでしょうな。すごーく女子から人気あるでしょうな。それでいて男っぽい感じで、女子にアピールとかしなそうだから、男子からの好感度も下がらないんでしょうな。  なんか少女漫画の中の人みたいだ。  キザな台詞もきっと似合う。  お前は俺のものだろ、とかさ。あとは、うーん、あんま俺のこと煽らないでよ、とかね。似合うだろうなぁ。  俺が言ったら、もう失笑すら起きないよ。  お前は俺のものだろ? なんて言っても陸が「なぁに言ってんだ、ケッ」って言いそう。俺のことあんま煽らないでよ、なんて言っても「はぁ? 煽るわ! はよ、せいよ!」って、むしろ煽られそう。  俺はモブがいいとこだけど、市井は漫画のヒロインが恋しちゃうイケメン役。それこそ、ちょっと前なら壁ドンが――。 「あぁぁ! ヤバイ! 忘れてた!」  ホントうっかりだった。  マタマタに気を取られてた。それか、市井と激突した時の衝撃で頭からすっごい重要なことが飛んでっちゃってた。 「今日! オオカミ君だってば!」  すっごい楽しみにしてたのに。 「お母さん! 俺、ちょっと本屋言ってくる」  通販でも買えるけどすぐに読みたいじゃん。できたら本屋さんの売り上げにも貢献したいじゃん。運送頼むの申し訳ないじゃん。  急いで自転車に飛び乗って。 「って、自転車ないし! お母さん、俺の自転車は?」  居間に行くと、妹の紬(つむぎ)が乗ってったって。なんで自分の自転車使わないかなぁ。しまってあるのを出すのが面倒だからって、そんなこと言われても、すっごい不便なんですけど。普段使わないからって、奥にしまってたら意味ないじゃん。なんて小言を言いながら、仕方がないので駅前の本屋へ。駅のとこのビルまで行かないと本屋さんはないから。昔は近所にもあったんだけど、今はもうなくて。  駅前に行くには自転車だと無理だけど、歩きなら公園を突っ切ってくほうが早い。痴漢の心配は男子だからいらない。心配するなら蚊くらいかな。  公園の中に入るとひぐらしが鳴いてた。  不思議なことに公園に入るまでは聞こえないのに、入った途端に虫たちの大合唱が耳に飛び込んでくる。 「……この音」  その大合唱の音の隙間。 「……これ」  聞こえたんだ。  それはまさにファンタジー。  音を頼りに歩いていったら、いた。  イケメングループのど真ん中にすんなりと陣取れるあの市井がベンチに座っててさ。 「……」  そして、また音がその周りを踊ってた。じっと座る市井の周りから自然と音楽が鳴っていた。 「……白石?」  またまた、そんなファンタジーなワンシーンに遭遇した。

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