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3 魔法使い
またもや遭遇したファンタジーなワンシーンに見入ってて、足元なんて見てなくて。小さな枝を踏んでしまった。そのポキリっていう音に市井が身じろいで、同時に音も止んだ。
「……白石?」
「あ、ご、ごめんっ」
まるで、市井と音だけの秘密の時間を邪魔してしまったみたいな。音がお邪魔虫をした俺に怒ってシカトしてるみたいに、さっきまで聞こえてた音がぴたりと止まって、代わりに虫たちの大合唱だけが聞こえる。
けど、さっきのはこういうのじゃなくて、ちゃんとリズムになってた。なんだろう、なんでなくなっちゃったんだろう。マジで俺のせい、なのかな。
頭脳明晰スポーツ万能で、しかもイケメン。もしかして宇宙人、とか? だって、作ったみたいに完璧じゃん? 漫画のヒロインが好きになっちゃう男子そのものじゃん?
「あ……の……ご、ごめん、何、してんのかなぁって、夜の公園で一人で。あ! けど、もしかして、一人じゃない、とか? 友だちといた? 花火? ここ、夜九時すぎるとうるさいから早めに終わらせたほうがいいよ。花火。俺、前に友だちと騒いでたら、めっさ通報されたっぽくて、おまわりさん来てさ。ちょっとビビったから。っていうか、そっか! 花火するなら、彼女、とか? 一緒だったりした? ご、ごめん、俺、邪魔したっ」
「すごい」
「へあぁ! ご、ごめんっ」
「一気にたくさんしゃべるなぁって」
市井が笑った。ぷぷぷって笑って、眉をくしゃっとさせた。
「ご……ごめん」
「いや、えっと、一人だよ。友だちは一緒じゃない。あと花火、でもない。けど、花火をするなら九時までなんだな。了解。そんで通報されたのは大変だったなって思うけど、ちょっと笑った。それから、彼女とかじゃないよ」
「……」
「あと、邪魔もしてない」
それは、よかった、です。
「……白石は? あー……もしかして、デート、とか?」
「はへ? お、俺? ないないない。あるわけないじゃん! うち、近所なんだ。そんで、駅前の本屋に行こうとしてて。チャリなくて、めんどいからここの公園突っ切ってこうと思って、そんで」
なんか、俺、めっちゃしゃべってる。
「そんで……」
それをあの市井に聞いてもらってる。
「市井を見つけて」
これもある意味、俺にしてみたらファンタジーだ。
めたくそモテ男子とモブの第二回目となる遭遇は夜の公園、みたいな。
「えっと……」
「あ、見られた、よな」
「!」
見、見ちゃいました。もしかしたら市井が魔法使いかもしれない衝撃的ワンシーンを。音を操る魔法系。
「外のほうがなんか練習しやすくてさ」
魔法を使う練習してたのか。
「うちの中だと、親がうるさいから」
そんな室内じゃ暴れちゃう系の魔法なのか?
「音、気にしなくていいし」
まぁ、音の魔法使いですから、たまにうるさく思われることもありますよね。
「ハンドフルート」
ハンド…………。
「高音がけっこう響くんだ」
フルー…………ト?
「えぇっ?」
「?」
「あの音?」
「あぁ」
けっこう大きな声でそう言うと、虫たちが一瞬だけ驚いて合唱演奏を止めた気がする。
「踊ってる感じのっ?」
「あー、わかんないけど、踊ってた?」
「踊ってたっ!」
「そっか、ありがとう」
どういたしまして。
「って、ハンドフルートって」
「?」
「何?」
市井が目を丸くした。そして、次の瞬間、めちゃくちゃ笑い出した。あははははっ、て大きな口を開けて、腹を抱えて笑って、サッカー部キャプテン、黄金の右足、なんてダサい異名は持ってないだろうけど、その足まで震わせて。
「そ、そんなに笑います?」
「いや、ごめん……だって、あはは、白石の言うタイミングが絶妙でさ」
「そ、そう?」
「あぁ、めっちゃ笑った」
めっちゃ笑われた。
「ハンドフルートって、こういうの」
しこたま笑われて、目尻に涙が溜まるくらいに笑われて、そんで、深呼吸をした市井が拝むように両掌を合わせ、指だけは交差させて、口元に持っていく。何かを思い耽っている人みたいな格好。
「見てて」
まだ少し笑いが残ってるのか、俺を見て、ちょっとだけ口元を緩めてから、きゅっと真一文字に結んだ。
「これがハンドフルート」
そして、たくさん空気を胸に吸い込んだ。と、思ったら、綺麗な笛の音が聞こえてきた。スマホからじゃなくて、何か音楽再生プレイヤーとかからじゃなくて、市井の重ね合わせた掌から、ふぅ、と空気を溜め込んだ口元から軽やかな音楽が。
今、人気の歌が。
最新のヒット曲。宇宙人がこれを狙ってやってんだったったら、昨今の日本人カルチャーの調査めっちゃ上手。
綺麗な音。
優しい音。
フルートって言ってたけど、フルートみたいに、キーンと高い音じゃなくて、柔らかいベールで包まれたような音。
そんで、よく見ると、メロディが市井の動く唇と同じリズムを刻んでた。
本当に、演奏してたんだ。
市井が手を合わせるのを解いたら音が止まった。
「……あは、なんか、緊張した」
「!」
「初めて人前でやった」
「……」
「はぁ……少し、音掠れたわ」
「……すご、いです」
小説とか漫画とかアニメに出てくる魔法じゃなかったけど。
「白石?」
その掌と唇だけで奏でられたとは思えない音は、魔法みたいだった。
「すっご!」
そう叫んだら、また市井が目を丸くした。
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