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4 手から魔法

 手を笛の代わりにして音を出してるんだって教えてくれた。指笛なら見たことあるけど、掌を重ねただけで音が出るなんて不思議で。その手をじっと見つめていたら、やってみる? って言われた。 「まず掌を合わせて……そう、そんで、少しずらしてみる」 「指をこういうふうに交互にさせんじゃないの?」  屋上で見かけた時はそうしてたから。 「それでも出るけど、隙間ができやすいから、ちょっと最初は難しいかも」 「そうなんだ」 「そんで、ここを少しだけ膨らませて、その隙間に……」  ピー、って感じの音が掌から聞こえた。  もちろん俺の掌じゃなくて、お手本で市井が隣に座って見せてくれた掌から。 「なるほど……」  そんで、次に俺が全く同じようにして、その隙間に息を吹き込んだら、音はせず、ふはーみたいな激しい感じの深呼吸の音がしただけ。 「むっず!」 「最初はそんなもんだよ」  雲泥の差があるんだけど。音質に。 「そんで、さっき白石が言ってた形の手にしてみたり、息を吹きつける角度を変えてみたりして音階を探るんだ」  見てて、そういって、また市井が演奏を始める。今度はさっきの最新ヒット曲じゃなくて、俺らが子どもの頃見てたアニメの主題歌だった。軽快なリズムが懐かしい。 「すっごい。なにそれ」  マジで魔法の手じゃん。 「練習すればできるようになるよ」 「ホントぉ?」 「あぁ」 「いやぁ」  なんかさ人間としての出来というか完成度が違うから、そういう時にも違いがありそうなんだよ。 「俺、めちゃくちゃ練習したから」  そうなんだ。意外な感じがする。市井はなんでもすぐに出来ちゃうタイプなんだと思ってた。そつなくこなしちゃうって。 「そっかぁ。屋上でも練習してたもんね」 「! ぇ、あ……」 「今日、してた」 「あー……」  今、俺ってば、貴重なものを見ているんじゃないだろうか。 「見られて、た……んだ」 「うん」 「あー……」  あの市井が薄暗いからわからないけど、たぶん赤くなりつつ、口元を手で覆って溜め息を一つついてから、短めの髪をその大きな手でくしゃくしゃってした。た照れ臭いですみたいな感じ。  なんでもできちゃうモテ男子市井の猛練習風景を見てしまった。  でもそれだけじゃなく、モテ男子市井の照れたとこも見てしまった。  これはきっと市井好きの女子にうらやましがられるやつだ。  女子人気の男でも、照れたり、猛練習したり、普通にそういうのするんだなぁなんて。女子にひがまれそうな俺はその生態を観察して――。 「あっ!」 「白石?  すっかり忘れてた。 「俺、本屋行くんだった!」 「今から?」  今、何時? って慌ててスマホの時計をつけたら、もう閉店ギリギリ。駅ビルはまだやってるけど、それは食べ物とかが売ってるスーパーマーケットエリアで上の階にある本屋は一時間早く閉まっちゃうんだ。 「ご、ごめんっ、俺っ、本屋閉まっちゃう」 「チャリ、貸そうか? 俺、チャリを置いてあるから。本屋って駅前のだろ?」 「そうだけど、いいの?」 「いいよ。別にここ、帰り道も通るんだろ? ここで戻ってくるまで待ってるからさ」  俺が入ってきた反対側の公園口に停めてあるからって案内された。駅のほう。そっからなら自転車で五分もかからない。歩いてなら十五分。走るのは、汗だくになるからちょっと遠慮したい。 「マジでっ! ありがとう! 心もイケメンだっ」 「? 何、イケメンって」 「え? 無自覚? って、ごめんっ、とりあえず! 行って来ます!」  いってらっしゃいって、イケメンに見送られて、俺は少し……どころじゃなくサドルが自分のよりも高い自転車に乗り駅へと向かった。 「め、めっちゃ、足、ながっ!」  背が違うなら、足の長さも違うんだ。というか、胴体の長さがあんまり変わらないとかだったらちょっと寂しいんですけど。でも、そのサドルの高いイケメン自転車で颯爽と駆け抜けていく。目線の高さが違ってた。すこーしだけ高くなったそこからの光景はちょっと風が爽やかな気がした。  最新刊を閉店間際の本屋でゲットして、さっきの公園に行くと、市井が同じベンチに座ってた。もうハンドフルートの練習はやめたのか休憩してるのか。座って、足元をじっと見つめてる。そして、俺に気が付いて顔を上げると、ふわりと微笑んだ。 「おかえり」 「ぁ……た、だいま」  イケメン市井に出迎えられてしまった。でもそれだけでなく。 「これ、チャリ、暑かっただろうから」  ペットボトルの炭酸ジュースをもらってしまった。レモン味の。 「へっ? えっ! いいよ、悪いって」 「別にいいよ。ここの公園の自販機、百円だから。それに自分の分も買ったから。どーぞ」 「……す、すみません」 「いえいえ」  至れり尽くせりだ。本当のイケメンは心も本当にイケメンだ。 「買えた?」 「へ? ぁ、漫画?」 「漫画だったんだ」 「あー、うん。買えた。ありがと」 「いえいえ」  市井がベンチに座ったから、俺も座って、市井がペットボトルのジュースを開けたから、俺も開けた。プシュッと音を立てて、中の二酸化炭素が弾ける。 「ごめん、なんか、勢いでチャリ借りちゃった」 「別にいいよ」  レモンの爽やかな感じが鼻先を掠めて、口にすると喉のとこでパチパチと弾ける刺激がする。  変な感じ。  市井とレモンジュース飲んでるとか。公園でベンチに並んで座ってるとか。色々。 「ファンタジー……」 「え?」  ぽろりと零れた呟きを聞かれてしまった。 「あはは、今日、屋上で練習してたの見てさ」 「あー……」  市井は猛練習してるとこを見られるのが恥ずかしいのか、屋上でのぼっち練習の話をすると真っ赤になってしまう、らしい。 「あっおーい空とさ、真っ白な雲でさ。そんで、市井が座ってた」 「……」 「絵に描いたような景色だなぁって見惚れてたら、なんか音楽がどっからともなく聞こえるから、俺、何かと思って」  だってじっとしているように見えたから。ハンドフルートだなんて思わないじゃん? そんな演奏の仕方があるなんて今まで知らなかったし。 「市井、カッコいいし、なんか青空背負ってる感すごかったし、音が踊ってるみたいに聞こえてきて、ちょっと魔法使いっぽいっていうか」 「……」 「すっごいファンタジー映画っぽいなぁって思ったんだって、アハハ、何言ってんだろ」 「……」  なんか、さすがにサムいでしょ。今度は俺が照れ臭くなって、パッと立ち上がった。 「こ、こ、これ、ありがとっ、ごちそうさ、」 「あのさ」  立ち上がったんだけど、手、掴まれた。 「あのさ」 「は、はい」 「白石も」  あの音楽を出せる謎多き不思議で大きな手に掴まれて、ドキドキした。 「白石も、一緒にやらないか?」  そして。 「…………はい?」  ハテナマークが飛び出した。

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