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5 足踏み行進曲
王道の展開なんだってわかってた。
オオカミ君。
今回のケンカからの仲直りフラグはきっと期待どおりに展開に転がるってさ、長年の少女漫画読者としては予感っていうか、予想っていうか、ほぼ確信してた。
もういいもん、あいつなんて、別になんも思ってなかったし。いいんじゃん? あの子と仲良くしちゃえばいいんじゃん?
って思ってるヒロインと。
何急に怒ってんだ。そんなに俺は邪魔かよ。
ってヒロインの隣の席に座る男子にすら嫉妬してイラ付いて、そのイラつきを別角度にとらえられちゃってるオオカミ君。
ほら、そんな二人が廊下の角っちょで激突したら……あとはもう。
「ふぅ……」
最新刊を読み終わって、とりあえずフラグ回収まで読めた満足感に深呼吸をしながら、ベッドに沈んだ。
ありきたりなんだけどさ、もうわかってるんだけどさ、王道って、何度読んでも、この「ですよねー」の展開になった時の爽快感と、気持ちよさがね、いいんだよ。もうここは変化球なんていらないわけです。そのまま目を潤ませた主人公をオオカミ君が可愛いって思ってくれたら大満足なんです。
イケメンが普通の女子高校生に振り回されるっていうシチュが読みたいんです。それこそ何万回でも。
イケメンがさ……。
―― 一緒にやらないか?
イケメンに誘われてしまった。
一瞬なんのことかわからなかった。
――もしよかったらだけど、二人でやるの楽しかったし。
セッションみたいなことをしませんかと言われた。
――ずっと、一人でやってたんだけど、楽しかったから、また、一緒に。
「……」
ゴロ寝のまま、掌を教わった通りに重ねてみる、ただ手を合わせて、掌をこうして少し曲げて作った隙間に息を。
「ふううううう」
吹き入れたところで、なんの音もしない。ちゃんと座っててもできなかったものを、こんなゴロゴロしながらなんて。
――もしハンドフルートが無理そうなら、他の楽器とかでも。
「……楽器」
実はさ、ピアノ、習ってたんだ。四年くらい続けてたんだけど、小六の時に辞めちゃったんだ。
「……」
今度は天井に向けて手をかざす。手は肩幅くらいに平いて、指先に力は入れず、指は充分に左右へ動かせるようにリラックス。
ピアノを弾く真似。
もう小六で辞めてからずっと触ってないから、全然できないとは思う。
ピアノ、楽しかったんだけどさ。
厳しい先生だったけど、でも、指で鍵盤を弾く度にポーンって、空気の中に音が音符の形をした音が生まれる感じが楽しかった。
でもピアノって女子の習い事と言われそうで、辞めた。
それに習ってた教室がほとんど女の子だったのもあった。もっと小さいうちは男子もいたんだけど、皆サッカーとか野球のほうに流れていっちゃって小六でも続けてる男子は俺一人だった。
決定打は、ピアノの発表会だったかな。
小学校低学年、高学年、中学、ってクラスが分かれてて。市民センターでやるんだ。いくつかの教室が合同で、その日、ピアノの成果を発表する。
俺のいた低学年だけ、男子が一人もいなかった。そんなことある? って思ったっけ。他のクラスはいるのに、俺のいたジュニアはいなくて、ヒラヒラキラキラしたドレスの女の子の中、スーツ姿の自分はやたらめったら悪目立ちしている気がして、恥ずかしくて、しかもなんでか蝶ネクタイでさ。もうなんかその蝶ネクタイでさえも嫌で嫌で。発表会で終わりにするって、その帰り道の車の中で言った。中学生になるし、キリが良いからそれでもいいんじゃない? って、親は言った。
そして、小学校の途中からピアノが急になくなった。暇をもてあました根っからのインドア派の俺は夏の暑い日差しの下で友だちと追いかけっこをするよりも、ふと妹の持っていた漫画を手に取った。
そんで、どはまりした。
少年ものの漫画よりも、少女漫画のほうが好みらしくて、そこからはもう読み放題。読めば読むほど、あの少女漫画独特の雰囲気にじたばして夢中になって読み漁ってた。
でも学校ではひた隠し。あのあとこういう展開がさぁなんて誰かとトークしたいのを一生懸命に我慢する日々。
なんかさ、そういう女子っぽいとかってワードにひどく敏感な時期だったんだ。
友だちになんか言われるかもって思って。皆と足並み揃えたくて。
「ピアノ……かぁ」
――ずっと、一人でやってたんだけど、楽しかったから、また、一緒に。
「……ピアノ、ねぇ」
―― 一緒にやらないか?
俺も楽しかったよ。
「ピアノ……」
なんか、わかんないけど、俺全然、ハンドフルートなんてできなかったけど。
――二人でやるの楽しかったし。
うん。
「……」
俺も、楽しかった。
ピアノなんてうちにないし、市井が言ってる楽器ってさ、たぶんもっと手軽なやつだと思う。まさに! な感じのピアノだなんて思ってもいないだろ。ハーモニカとか、タンバリンとかシャカシャカ音がするやつ。
なんだっけ。
ほら、両手に一つずつ持って振るとシャカシャカ音がする楽器。えっと。
えーっと。
ぁ、思い出した。
「……あ」
大きな背中を発見した。今までなら見つけたところですーっとそのまま横を通り過ぎていくだけだった背中。
あれは、市井の。
「市井くぅーんっ」
その背中を追いかける茶色の長い髪。
思い出した。
あれ、両手に一つずつ持って振るとシャカシャカ音が出る楽器の名前。
「よー、おっはよ、柘玖志」
「……陸」
「……あれ?」
「なんだよ」
なんで朝一でぽかんって顔されんの? 俺。
「騒ぐかと思った」
「だから、何に」
「だってオオカミ君を読んだ翌日は大体、作品の中どっぷりすぎて、俺に萌えを語るじゃん」
「……」
「ここでこうなってさぁ、マジで! エモい! って騒ぐのに」
「あー……うん」
思い出した。シャカシャカ。
マラカスだ。
「楽しかったよー。仲直りするまでの誤解が溶けていく感じ」
マラカスは持ってないんだけど、カスタネットとかもたぶん持ってないんだけど、ピアノなんてやれるとこないだろうし、市井が言ってた一緒にっていうのも、何か楽器をとかっていうのも、もっと気軽な感じなんだろうけど。でも――。
――これ、俺の連絡先。
でも――。
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