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6 ダンスシングカーテン

 ――放課後、屋上にいる。  これは果たし状の一文……とかではなくて。不器用で機械音痴なおじーちゃんが一生懸命に打った一文、でもなくて。  正真正銘、イケメンモテグループ所属、ポジション中央の今時の男子高校生が打った一文だったりする。  絵文字もスタンプもなぁんにもないけど。  カスタネットはないんだ。ハーモニカもない。  もちろん、マラカスも、ない。 「……白石!」  楽器の経験はピアノ、だけです。  けど、ピアノは持ち歩くとか絶対に不可能な楽器で、とても不便。 「来てくれたんだ」  ノリが違うかもしれない。  そういうんじゃないって言われるかもしれない。でも。 「うん」 「メッセージ」 「うん……」  でも、昨日楽しかったから。そこは市井と同じだなぁって思って。 「あ、あのっ、けど、俺っ、ハンドフルート、全然できそうにないんだ。うちであの後、やってみたんだけど、スースーフーフー言うばっかでさ。だから、セッション的なのをすぐにご満足いただけるレベルでできるとは思えないんだけど」 「……」 「あ、けど、ピアノならやったことある」 「……」 「んだけど、ピアノってでかすぎるよね。だから、その」 「ピアノ、たぶん、学校の弾ける」 「へ?」 「弾く?」 「あ、いや」  っていうか、あの、展開に俺の脳みそついてってない。 「もし白石がセッションしてくれるなら、ハンドフルートでも、ピアノでも、歌でも」 「えっ! 歌? いやぁ、歌は……さすがにこっぱずかしい」 「そうか? 上手かったじゃん。歌」  そんなわけあるかい。って即ツッコミしたいくらいには歌でのセッションはちょっと。 「じゃあ、せっかくやってくれるし」 「へ? あの、市井?」 「ピアノ、借りに行こう」 「は?」  っていうか、ピアノ? 俺のレベル知らないじゃん? へたっぴかもよ? っていうか、そんなすんなり、はいピアノならいいんですね? じゃあピアノで、なんて感じに展開転がるの?  なんか、あの、えっと。 「ピアノぉ?」 「そう、貸して欲しいんだけど」 「お前ねぇ」 「貸してよ、先生」  学校の先生にタメ口。 「まぁいいけど」  学校の先生なのに、そのタメ口に怒らない。 「何すんの?」  怒らないの? 「んー、ちょっと何かできないかなぁって」 「まぁ、いいよ。放課後、五時半までな。そんで合唱部が使ったりもするから、使っていいのは月曜、水曜だけ」 「ありがと」  学校のピアノなのに、こんなに簡単に貸してもらえた。 「行こう。白石」 「へ? あ、はい。ぁ、えっと、失礼しました」 「おー」  慌ててお辞儀をして、慌てて市井の後を追いかけた。背が高い市井は歩幅も大きいのか、少し早めに歩かれると、平々凡々で、足の長さが自転車に乗った時に景色が違って見えるくらいに違う俺は少し小走りになってしまう。 「ピ、ピアノ、借りられてびっくりした」 「そ?」  イケメンの世界を垣間見た気がした。 「うちの学校、けっこう自由じゃん」 「え、けど。さすがに」  ピアノを貸してくれるとは思わないだろ。 「音楽の先生だからだろ」  そういう問題なんでしょうか。でも、そんな問いかけは全部胸のところで止まってる。一階にある職員室から最上階にある音楽室まで、この市井の歩調で上られると息が切れる。  一階が職員室とか応接室とか、あと、進路指導室とかがある。二階が一年、三階が二年、四階が三年、最上階には特別教室ばっかり並んでいる。果たし状みたいな一文で呼び出された屋上から一階へ、そして今から五階へ。ちょっと息を切らして上っていくと、あまり使われることのない、常に人がいるわけじゃない五階は夏の日差しの熱が沁みこんだみたい。 「あっつ……」  音楽教室の窓、開けちゃっていいの? 一応、防音になってるんじゃないの? 「……いい風」  窓を全開にすると放課後、日が傾いて熱が少しずつ冷めたせいか、風が心地良かった。ふわりとレースの白いカーテンが風に膨らんで、ドレスの裾みたいに広がる。 「白石」 「は、はいっ」 「ピアノ、久しぶりなんだっけ?」 「あ、うん」  小六で辞めたから、今、高三で、六年ぶりになる。 「曲」 「へ?」 「何がいい? なんでもいいよ」  ふわりと広がるレースのカーテンに市井が包み込まれた。微笑みながらこっちを見て。 「えっと、じゃあ、とりあえずウオーミングアップしても?」 「もちろん」  やっぱりファンタジーだ。  俺はそんなにカッコよくはなれないけど。 「えっと……」  久しぶりのピアノで、いきなりショパンとか弾けちゃうわけないんだけど。  今、ここで弾けるのなんて、小学生レベルの「猫ふんじゃった」とかがせいぜいなんだけど。 「!」  猫ふんじゃった。  猫、ふんじゃった。  猫――。  音が重なる。俺の、しどろもどろなピアノの音に。  ふんづけたら。  市井のハンドフルートの音が重なると、しどろもどろで右往左往、迷子になりかけてた音が安心したように走り出す。  泣いちゃった。  そしたら、その音二つずつ、二人分の音の踊りに合わせてレースの白いカーテンがヒラリヒラリと膨らんで、はためいて。  猫。  まるでカーテンがダンスをしているみたいだった。

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