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8 マジマジ、シゲシゲ

「えー、まず、指をいっぱいに広げます」 「ん」  なんか、始めちゃった。 「あ、手を置く位置は肩幅と同じくらい。あと、力抜いて」 「……」 「指先に重心を置く感じで」  指の体操、をしてるって話したんだ。ハンドフルートがめちゃくちゃ上手ですごいって言ったら、めちゃくちゃ笑うから、いやいや本当にすごいことなんだって。証拠に、俺は六年のブランクに愕然として、自宅で指の体操始めるくらい、平々凡々は大変なの。だから、二週間であんなにハンドフルートができるようになるってめっちゃすごいことなの、って力説した。  そしたら、市井が指体操に興味を持っちゃって。  ハンドフルートは基本掌を使うけど、その掌には指がくっついてるわけだから、同じ演奏っていう意味で何か活用できるかも、なんて言いだしてさ。  そんで、スーパー高校生な市井に平々凡々が個人レッスンをするっていう、へんてこな流れに。 「全部の指に同じくらいに力をかけて」 「ん」 「そんで、親指が一、次が二、三、そんでその指の番号ごとに動かす。一二、一三、一四って、鍵盤を弾くみたいに力を入れて」  机でやるんだけど、ここは非常階段だから、机はない。代わりに階段の踊り場で手すりを鍵盤に見立てて、スタンディングで体操をすることにした。 「小指は力が弱くなるから、手首を少し外側に傾けて」 「……」 「そうそう」  市井の手は大きかった。俺の手よりもずっと大きくて、指も長くて。 「右手と同じに左手も」 「ん」  きっと市井ならピアノだってちゃんと練習したらすぐに上手になるんだろうな。筋力あるから、力強く大きな音で演奏できる。迫力があって、長い指は難なく鍵盤の上を踊るんだろう。  たぶん、すごくカッコいいと思う。 「あ、指の関節へこませないように気をつけて」  不慣れな指の動きだからか、市井の指関節が反り返ってしまって、俺はその関節を元の角度になるようにとちょこんと指で摘んだ。 「こんくらい」 「……」 「そうそう」 「……」 「すご、小指も長いから、ほら、俺の指と比べると……」  びっくりするんだけど? 一センチ以上長さが違う。うわー、これピアノの先生がいたら、絶対にレッスンしたいだろうなぁ。ハンドフルートでもわかるくらいにリズム感もいいし、音程とかもしっかりしてるしさ。絶対音感的なものが……たぶん……。 「……」  たぶん……あると、思う。 「……っ! ご、ごめん、指っ」  市井の指をめちゃくちゃ摘んで、マジマジと見つめてた。シゲシゲと、かな。 「いや……」 「ごごご、ごめんっ、ちょっと、キモかった」  男子高校生が男子高校生の指をちょんって摘むのも、微妙だけど、その摘んだ指をそんなに見つめることもかなり微妙で、とても気持ち悪いでしょ。  慌てて、その摘み上げてた指を離すと、とこ、ってコンクリートのざらついた手すりに落ちた。 「ごめん」 「いや、そんなことない。ただ、ちょっとくすぐったかっただけ」  笑われてるし。 「っていうか、俺の指、変だった?」 「あ、ううん。そうじゃなくて、指が長いなぁって思ってさ」 「そうか?」 「うん」 「……あぁ」  うわ……。 「ホントだ」  なんだか、うわぁ……。 「少し長いんだ」  掌と掌を合わせてみたりなんかして。 「いや、けどさ、これ、白石の指が短いんじゃ」 「……」 「掌の大きさ、変わらない」 「……! ぇ、えぇぇっ?」 「ほら、掌の大きさはほぼ一緒だろ?」 「あっ!」  本当だ。いや、少しは小さくない? 俺のほうが。 「だから、白石の指が短い」 「んなっ!」 「指」  短足ならぬ……って市井が笑った。 「短くないし!」  きっと指体操のせい。もしくは、今夏だから。  なんか、ちょっと顔面が熱い気がするのは、きっとそのせい。たぶん、きっと、絶対に、そのせいだ。  マラソンの練習って、基本、フォームの確認と走り込み。  地味、だよね、って、陸上部恒例のマラソンコースを二週したところで膝に手を付き、うつむいた。  ぽたぽたと汗が足元の砂利に滴り落ちる。 「はぁ、はぁ、はぁ」  夏の日差しの下では練習はあまりハードにやらないようにって言われてて、練習曜日も夏場は火曜と金曜だけ。それでも走りこみは地獄のようなきつさで、今も汗が滝みたいに流れて止まらないけれど。 「……しんど」  けど、サッカー部はもっとしんどそうだ。髪の毛びしょびしょ。ゼッケンが埃まみれ。  起き上がり、グラウンドの真ん中を陣取っているサッカー部を眺めてた。グラウンドは屋外の運動部の争奪戦だ。サッカーと野球は使うスペースとかがほぼ全面になるから、練習日は半分。火曜、金曜がサッカー部の練習日なんだってさ。調べてしまった。というか今まで気にも留めたことなかったけれど、職員室にあるグラウンド使用予定部活動のとこをチェックしちゃった。 「……」  まだ、そりゃ練習に参加は無理でしょ。肉、離れちゃったんだから。  グラウンドを顧問の先生の掛け声に応えるみたいに、右へ左へって動く人たちを目で追いかけたけど、市井の姿はなかった。もしも復帰してたって、そんなすぐにこの「あれ? これ、サッカーですよね? ラグビーじゃないですよね?」っていう激しい試合の中には入れないでしょ。むしろ入っちゃだめでしょ。危ないよ。激突だよ。  市井はいなくて、そんではるか遠くA組だったりするから。E組にいる俺は接点なんてない。 「……」  だから、今日は一日見かけなかったなぁって、ふと思ったりした。

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