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11 ゆらゆら
足の甲がさ、太るのってヤバいレベルってどっかで聞いたことがあるんだけど。
「……」
俺、やばいのかな。
友だちがあんまいなくて、部屋の中に篭もってるのが大好きインドア派、そして、少女漫画大好き男子高校生ってだけでも、ちょっとやばいけど……そこにプラスアルファで「太っちょ」がくっついたら超、ヤバいんじゃないのでしょうか、って思いながら、自分の足元を見つめた。痛くて痛くてたまらない足の小指をローファー越しに透視するように。
「……」
やっぱ、痛い。
足、まだ、これからバスに乗るのに、まだうちからバス停までしか歩いてないのに、もう痛い。これでバスに乗って降りて、学校まで歩いて。その道のりを放課後には逆再生みたいに遡らないといけないのに、その出だしでこんなに足が痛いんじゃ、先が思いやられるんですけども。
バス混んでるかなぁ。混んでないといいなぁ。できることなら座りたいなぁ、けど、通勤通学ラッシュの時間帯だよね。
でも、靴がないんだよ。
「イテテ」
バスがようやく来たからと一歩前へ踏み出そうとして、あきらかに痛い小指に顔がしかめっ面になった。
靴がさ、ないんだ。
昨日の雨でびっちょんこになった。で、そんなびっちょんこスニーカーが一晩で乾くわけもなく、仕方がないので学校用にと前に買ってもらったローファーを履いたんだけど、それがもう全然足のサイズに合ってないみたいで、痛くて、痛くて……さ。幸いなことに傘に入れてもらえたから風邪は引かなかったんだけど、靴がびっちょんこになることまでは考えてなかった。
「よ」
もう痛い足にどうしようって思いながらバスに乗り込んだら。
「あ……市井」
傘を半分貸してくれた市井がいた。バスの中、手すりに掴まって、乗り口付近に立っていた。
「はよ。今日はバスだろうなぁって思った。ここのバス停なんだな」
「あ、うん」
昨日の帰りは雨の自転車が使えなかったから、今日はバスしか登校手段がない。
「俺は二つ前のバス停」
「そうなんだっ」
その時だった、バスの運転手さんがマイク越しにほんとんど聞き取れないぼそぼそ声で何かを話した、その次の瞬間、バスが大きく旋廻しながらぐらりと揺れた。
「「っつぅ……」」
唸ったのは二人とも同じだった。
「ご、ごめん、俺、踏んじゃった?」
揺れた拍子に市井の足を踏んづけちゃったのかと思ったんだ。慌てて足を上げて、ゆらゆら揺れ続けるバスにまたよろめいて。
「いや、大丈夫。ここ、いつも揺れるんだ」
「そうなんだ」
今度はもう少し小さめに、遠慮がちにバスが揺れたけれど、でも、また俺だけじゃなく、市井もしかめっ面になった。
「ローファー、痛くてさ」
見ると、市井がローファーを履いていた。ブラウンの。ちなみに俺もブラウン。
「昨日、スニーカー濡れて、まだ乾いてないからこっち履いたんだけどさ」
「……」
「靴ズレ、ハンパなく痛い」
「お、俺もっ!」
今度は市井が足元を見て、同じブラウンのローファーを見つけたんだろう。パッと眉を上げて表情を変えた。
「靴擦れ」
「白石も?」
「もうバス停に来るまでで、すでに痛い」
「俺もだ」
ホント? 一緒じゃん。
背の高い市井は背中を丸めて、両手で手すりにブラさがるようにしつつ顎をその腕に乗っけた。
「太ったのかも……足の甲が太るのってけっこう深刻って聞いたことあるんだ」
「! ぉ、俺もっ! それ、知ってるっ!」
その説をどっかで聞いたことがあるって、言ったら、市井が目を丸くした。
「じゃあ、それ、デマだな」
「へ? なんで」
「だって」
だって二人がさ、接点のない二人が同じ足の甲が太るとやばい説を知ってるなら、それって信憑性が高そうじゃん。常識問題なんじゃないの?
「だって、白石、太ってないだろ」
「……」
「って、思ったから」
いや、それはどうなんでしょう。俺、腹筋割れてないから。ぽよぽよしてるから。決して自慢でもなんでいもなく、痩せてないから、太ってはいない、とは言い切れない体格してるから。
「それを言うなら、市井のほうだ」
「俺?」
そう市井のほうだ。
「だって、市井、身体、カッコいいだろ」
「……」
それで太ってるって言ったらさ、もうインドア派の筋肉ゼロ隊はどうしたらいいんでしょう、ってやつだ。俺らが女子同士で、この会話をしてたらきっと謙遜が過ぎて若干の嫌味に受け取ると思う。うん。
そのカッコよさで太ってるとか言うのはなしだぞって、思いながらチラリと見上げると、市井は黙ってガラスの窓の向こうをじっと見つめてた。もう慣れているんだろう。バスにゆらゆらと揺れながら、ジーット窓の外を眺めてた。
今こそ、うちの学校が校内履きにサンダルを選んでいてくれてありがとうございますって思ったことはないかも。
「次は音楽室だっけ……」
朝、俺も市井も足が痛すぎて、バス停を降りてからゆっくりのっそり歩いた。ホームルームが始まるギリギリだった。
窮屈なローファーから解放された喜びに浸る足で、二限目の音楽の授業で、五階の最近よく使うようになった音楽室へと移動を――。
「白石」
移動しようと教室を出たところだった。
「これ、今保健室でもらってきた。ちょうど会えてよかった」
「……」
市井だった。市井が颯爽と現れて、俺に絆創膏を一枚渡すと、くるりと引き返していった。
「あ、りがと」
お礼を言う間もなく、颯爽と立ち去る背中とか。
「つーくーしー君っ」
「うわぁぁ!」
「なぁに、黄昏ちゃってんのっ! っていうか、今の、あれじゃん。イケメン市井君じゃん。なんで? 知り合い? っていうか、どうなのっ! 恋のほうの進展はいかがなのっ!」
「ちょっ、陸っ」
「朝、ギリギリだっただろー! まさかの寝不足とかか! 朝帰りかっ!」
「いや、違、陸っ、おいっ」
「朝帰りなんだろー!」
「暴走しすぎ」
「朝帰りーっ!」
「ちょっ!」
肩をぐらぐらと朝のバス以上に揺らされて、口を挟む暇も与えぬ早口に、俺はこの数秒後、陸の脳天にチョップをした。
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