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16 両、想い

 こういうの何度も見たことがある。  少女漫画の中で。 「あのっ、市井」  主人公のさ女の子と何か誤解とかがあってすれ違っちゃって、なんか色々スッタモンダがあって、そんで連れ去られるんだ。二人っきりになって、ちゃんと話がしたくなって。大体、こういう時イケメンはあんま喋ってくれなくて、「いいから」とかなんとか言っちゃってさ。 「市井ってば!」 「……いいから」  びっくりした。市井がまさかのその台詞を言った。っていうか、これ、俺の大好きな少女漫画の王道シーンにそっくりなんですけど。そんでもって、そういうシーンは大概両片想いとかから発生するイベントなんですけど。それにそっくり……なんですけど。  両片想い。  つまりは俺は市井に片想いしてて、市井は俺に片想いをしてる。  ただの両想い。  そんなシチュエーションにそっくり。  でもそれって、俺は市井のことが好きってことで……えぇ? 俺、市井のことが好きなの? そんで、これには本当にびっくりなんだけど。 「い、市井?」 「……」  市井も俺のこと――。 「急に、悪い」 「あ、ううん」  あとね、大概はこういう人さらい的なビッグイベントはそのまま体育館裏とかあとは特別教室、とにかく人の目のない所に行く。非常階段、とかね。 「……白石」  連れ去られた先は非常階段でした。 「う……ん」 「あ……えっと」  この前、指体操をした階段の踊り場のとこ。二人でここで、手すりのところをテーブルに見立てて。コンクリートだからザラザラゴツゴツしてて、指先に力を込めるとちょっと痛かった。あと、指の長さ比べをして、手触ったら、ドキドキした。  あのドキドキは、今、感じてるドキドキと似てる。 「ハンドフルートのこと、なんだけど」 「う、ん」 「俺は白石以外には頼まない」 「……」  あ、なに、これ。なんだろう、不整脈? 心臓が、あの。 「受験あるし、白石がマラソン大会に向けて頑張ってるのも、わかってる。ピアノまで、って負担なのも。指の体操だって、家でさ。だから、ピアノもうやらないっていうのは、あれだけど」  あれって、どれですか。 「けど、他の誰かにピアノを頼もうとは思わない」 「だって、市井、同じクラスの女子にピアノ頼んだだろ?」  即答しちゃってた。少し食いつき気味にそう質問しちゃってた。 「?」 「頼んでたじゃん。できる? って、訊いたって。そんでその子ができるよーって答えて、嬉しそうだったって」  誰に俺がピアノを頼んだんだろうって不思議そうな顔をするから、あのサラサラ女子だよって教えてあげると、「あ」って小さく呟いて、顔を赤くした。  でしょ?  言ったでしょ?  あの子にさ、ピアノできる? って訊いて、できるよーって答えられて、うふふふってしただろ? 「あれはっ……あー、クソ」  イケメンが暴言吐いた。クソって、言った。真っ赤になって、前髪を大きな手でクシャってして暴言。 「それ、か……」  何、なんなんですか。風邪でも引いちゃったんですか? そんな真っ赤な顔をして。 「あれはそういうことじゃなくて」  じゃあ、どういうことなんですか? って、緊張してかまえちゃいそうな自分がいる。不整脈でクラクラする。心臓が、暴れ出しそう。この王道的シチュエーションに。両片想いが両想いになるのかなって。 「ピアノでさ、ほら、よくドラマであるじゃん、並んで弾くの。あれをやれんのかなって」 「……ぇ?」 「ああいうの、音楽室のピアノの椅子、長いだろ?」 「……」  市井は、「だから、その、えっと、あの」って珍しくもごもごしてた。 「つまり、俺と、白石で……」 「えっ!」 「っ、だから、そのっ」 「あ、あ、あ、ああの、それって」 「だからっ、っ……」  市井がさ、急にピアノのこととか訊くのなんだろーって思ったんだって。でも、あの子ができるよーって答えたら、嬉しそうにしてたんだって。  ――なぁ、あのさ、ピアノで並んで演奏とかって、できたりすんの? 音楽室のピアノの椅子長いだろ?  ――できるよー。  そんな会話なの、かな。  そんでさ、そんで、市井が嬉しそうにしたんだって、あの子が言ってた。嬉しそうに。 「っ、クソっ」  したんだって。  つまりは俺と並んでピアノとか弾いてるところを想像して嬉しそうにしてたってことになるわけで。 「白石」  真っ赤になっていてもごもごしていた市井が、髪をまたくしゃりとしてから、大きく、深呼吸をした。 「は、はいっ」  真っ直ぐ、だった。 「好きだ」  声も視線も、真っ直ぐ。 「白石のことが、好きだ」  だから、俺も真っ直ぐ返事をしようと思った。 「俺も、市井のこと、好きだよ」 「いいんだ。わかってたことだから。ごめん、急に言ったりして。気にしないでいいから。その、言えただけでラッキーっつうか…………って、はっ? はぁぁぁ? は? 今、白石、なんて言った?」  寂しそうな顔で、けど笑いながら、気にしないでくれって、まるで俺の返事が「ごめんなさい」って聞こえたみたいに苦笑いをこぼしてから、二秒後くらい、すごい大きな声で、非常階段の静けさぶち壊しのでっかい「はぁぁ?」が返ってきて、びっくりしたけど、言われた市井もびっくりしてた。 「今っ、白石?」  びっくりが二つ。  けどさ、俺の場合、かなりすごいことなんだ。別に恋愛対象は女の子なはずなのに。そのはずなのに、市井と話してるとドキドキして、もっと話したくて、月曜日と水曜日が楽しみで、そんで、何より、ダークな俺が出現したから。  俺さ、こういうの初めてなんだ。 「今のって」  あのサラサラ女子とカップル設定になった市井のことを考えてると胸の辺りが痛くて苦しくて、ついにはダークな俺が現れたから。 「あ、えっと、俺も好きだよって……言い、ました」  こういうふうに誰かのことでブンブン振り回されて、ぎゅうぎゅう心臓締め付けられて、ふわふわになっちゃう気持ちって。 「言いました」  初めて、なんだ。

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