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17 彼氏
好きだって言われた。
俺も好きだよって、答えた。
そんで、俺に彼氏ができた。
「あー、白石のことはずっと前から知ってたんだ」
「え? マジで?」
今、その彼氏と下校中です。
めちゃくちゃカッコよくて、サッカーできて、頭も良くて、性格も良い、でもあんな可愛い子から、こんな可愛い子から、あーんな綺麗形の子から告白されても、返事はいつでも「ごめん」だったイケメン高校生が、ただいま、俺の隣を歩いております。
「マジだよ。小学生の頃」
「えっ! そんな大昔?」
「あぁ」
市井っていうイケメンが同級生にいて、女子たちがワーキャーしてるって知ってた。
その市井が誰とも付き合ったことがない、っていうのは、恋愛系でもなんでも噂話とかにあんま興味のない俺でも知っていた。
でも、彼女ができないのは、よっぽど何かクセがあるとか、あとはすっごおおおおく理想が高いから、なんじゃない? っても思ってた。
けど、違った。
「俺の妹が市民ホールでピアノ演奏した時、白石もいたんだ」
「えっ!」
「教室は違ってたよ。けど、俺の妹と同じジュニアの部に白石がいたんだ」
「……」
「男子は一人だけだった」
覚えてる。俺は嫌で仕方なかった。女の子の中で一人スーツを着てるのも、蝶ネクタイも。
「いつも外で走り回ってばっかだった俺は自分と同じ歳の男子があんな綺麗な音を奏でることにびっくりした」
「……」
「すげぇって思った。どんな奴なんだろうって思った。けど、お前、挨拶ン時も俯いたままだったから、あんま顔見えなくて」
あの日、嫌で嫌で俯いてたんだ。女の子ばっかりの中にいるのが恥ずかしくて、カラフルなドレスの中、真っ黒な自分がまるでカラスみたいで。できるだけ顔を見られたくなくて俯いていた俺を、市井が見てただなんて。
「慌ててプログラムの名前を追っかけたんだ。曲名なんてわからないから、名前だけ辿って、男の名前っぽいのがなくてさ。すげぇ困った。けど、この名前の中に確かに今の奴はいるんだって」
「……」
「プログラム、取っといてあるんだぜ?」
「……ぇ」
「ちょっと、キモいよな」
そんなことないって答えると、市井は照れ臭そうに笑って、また前髪をくしゃくしゃにした。くしゃくしゃにするのに、風がさ、慌てて、イケメンにボサボサなど似合いませんって言ってるみたいに、それをなんかそよ風で良い感じにしちゃうんだ。乱れてるのに、その乱れ方すらイケメン、みたいな。
「そんで、高校に入ってさ、見つけたんだ」
「……」
「柘玖志……って」
何度も何度も見てたから、プログラムの中にも同じ漢字を使った名前があることを覚えてた。
「めちゃくちゃびっくりした。白石って苗字が同じことも確認して、マジで? って、何回も頭の中で騒いでた」
「……」
「けど、話しかけるタイミングがなくて」
きっと、俺は呪われちゃうんだ。
あっちこっちの女子から呪われてしまうんだ。
「この前、廊下でぶつかった時、すっげぇ慌てた。ウソだろ、まさか、マジかよっ! って」
市井のことが好きな女子はたくさんいた、と思う。皆、断られちゃったけれど。けどさ、その理由が、理想が高すぎるんじゃなくて、ただ、好きな子がいた。ずっと、好きな子がいたから断ってたんだ。
それがこの俺で、平々凡々な、頭の出来は普通、いや、ちょい下? かな? 顔は……どえらい不細工ではないと思いたい。運動神経、なし。そんな俺にずっと片想いをしてたから、だなんて。
ほら、呪われそうでしょ? 不幸ふりかけられそうでしょ?
「そんで慌てて、口笛上手いなとか言い出して、頭の中でさ、バカか俺って何度も思った」
「そ、そうなの?」
「あぁ」
ほら、こんな感じにさ、俺だけを見つめられて微笑まれるとか、女子がどんだけ望んでいる笑顔だか、考えるだけで呪われる気がする。
「俺のこと知ってるって言われた時、どうしようかと思った」
「えっ? なんでっ?」
「だって、俺が一方的に知ってるだけだと思ってたから」
「いやいやいや、ないでしょ。モブに、ありえないでしょ」
「モブ?」
無自覚にもほどがある。こーんな有名人知らない奴たぶんいないよ? そんな有名人が俺みたいなモブのことを、とかありえなさすぎるでしょ。
「なんでもない!」
「そう? けど、ホント、舞い上がった」
無自覚モテ男子がまた微笑んで、俺の呪われそうパーセンテージをどんどん上げていく。
「あ! けど! 市井さっ」
「?」
「けど、あんま俺としゃべってるとこ、見られたくなさそうって陸が」
その初遭遇の時だって、人気者の市井を探しに来たクラスメイトがいて、「おーい」って声をかけて、市井は慌ててそっちのモテエリアの真ん中へと戻っていった。
「あれは……あんま見られたくなかったんだ」
ほらやっぱりそうだ。
「白石のこと、他の奴らが興味持たないように」
話しかけてるとこ見られたくないんじゃん。
「……えっ? 今、市井、なんて」
「可愛いから」
「ぶっ、げほっごほっ」
「大丈夫か? 白石」
「ぶほっ、だって、市井が意味わかんないこと言うからっ、だろっ」
「?」
はて? じゃないよ。俺のこと可愛いって、なんだそりゃ、だよ。
「あのね、可愛いっていうのは」
「可愛いじゃん」
「どこをどう見たら……」
呆れるような、理解不能ですって感じのような、変な顔をして見せたのに、それすら市井の中では可愛いカテなの? すっごい微笑まれちゃってるし。
下校の帰り道、俺が自転車を押して、市井はその隣を歩いて、可愛いとか言われちゃった俺が俯くと、トクトクトクって小躍りする心臓を真似るように自転車がカラカラと呑気な音を立てた。
「あのさ……白石」
「?」
「下の名前で呼んでもいいか? 柘玖志って」
「ぁ……うん、いいよ」
めちゃくちゃ嬉しそうに、なんつうの、はにかむ感じに笑ったりとかして。
口元を手で隠して、じっと何かを噛み締めたりとかして。
「あ、のさ、じゃあ、俺も、市井のこと啓太って呼んでもいい?」
「!」
好きだって言われた。
俺も好きだよって、答えた。
「あぁ、ぜひとも」
「っぷ、何そのぜひともって」
「笑うなよ。今、マジで舞い上がってんだから」
市井が、啓太が、嬉しそうに笑った。彼氏ができて、すっごく嬉しそうに笑って俺の名前を呼んだ。
好きだって言われて、俺も好きだよって答えて。
「柘玖志」
イケメン市井啓太についに彼氏ができた。
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