20 / 69
20 秘密の花園
「陸!」
陸んちはうちからチャリで二十分。けっこうあるんだ。でも、どっちも暇人だから、ちょくちょく遊びに行ったりうちに来たりしてる。基本、陸のうちのほうにお邪魔することが多いかもしれない。両親が共働きで、お姉さんがいるんだけど、大学生で帰りは遅いことが多く、気楽だから。うちだと小姑のように妹の紬がうるさいからさ。
そんな陸んちへ、いきなりは流石に失礼だから、連絡をして、チャリ爆走で、今までの新記録十四分というタイムを叩き出した。
「んだよお、俺は今、神絵師さんたちの神作品を拝めることに忙しいんだよお」
「それはいいから!」
「いいわけあるか! すぐに流れてっちゃうんだよ! ネットの海は荒波なんだよ! すぐに見失っちまうんだよ! 今見ないともう一生出会えないこともあるんだよ!」
「わかったから、けどこっちも大変なんだ! あのさ、お前って」
「あ?」
うちに上がったことがあるのは陸くらいかな。いや、陸しか友達がいないってわけじゃないんだけどね。ないんだけど、陸は別に気にしないから。突き進んだ道は違うけれど、少女漫画とBLだけれど、でも、大きく括れば同じ感じだから、気にしなくていいから。けど、他の友だちの場合はそうもいかなかったりするわけでさ。
「これ、どーしてんの?」
両手をいっぱい広げて見せた。俺の背後に並んだ背表紙の物凄さを。
「この、ぬりかべかのようにびっしり詰め込まれた本棚!」
普通の本ならいいですよ。参考書とかなら大歓迎だよ。問題集とか? 小説とか? いや、小説なら俺の本棚にも、陸の本棚にもあるけれど。でも俺のは数作だからさ。
物凄い速さでスマホの画面をタッチし続けていた陸が、深呼吸をして、そのスマホを手元に置いた。
「あのな……柘玖志」
「……」
「まずは、なんで急に部屋の少女漫画に困ってるのかを言えよ」
「! そ、それは」
「今までそんなの気にしてたことなかっただろ」
「それは、そうなんだけど」
「じゃあ今までどおりだろうが」
陸は男同士とかに偏見はないと思うよ。たぶん、リアルと漫画は違うかもだけど、そういうのを差別とか区別する奴じゃないと思うし。
「……あ、の……さ」
いや、違うんだ。
俺がさ、くすぐったいんだ。
「あの……」
誰かに、啓太とのことを話したらさ、それはなんか、本当の出来事っぽくて、いや、本当の出来事なんだけど……なんというか、俺がまるで惚気話をするみたいなのって想像もしたことないから、なんか、不思議でさ。
まだ実感なんて、あってないようなものだから、ふわふわだから、言ったそばから、そのふわふわ感のせいで笑っちゃいそうで、緊張しちゃうから。
「誰にも、言わないで……欲しいんだけど」
彼氏がいるって言ったら、ニヤニヤしちゃいそうで、どう言えばいいのかちっともわからなかったんだ。
「……ふーん」
こういうの、なんていうんだっけ。
「ふ、ふーんって、それだけ?」
期待外れ? 想定外? 拍子抜け? あ、拍子抜けが近い。あれだ、肩透かし。まさにそんな感じ。
「まあな。だって、知ってたし」
「ええええ!」
こっちが想定外だ。何それ。知ってたって。
「いや、むしろわからない方がやばいっしょ。フラグ立ちまくってたし」
「んなっ」
「考えてみろ」
いきなりイケメンと放課後定期で会うことになりました。と思ったら、急に、テンション下がってます。イケメンと同じクラスの可愛い女の子にメラメラし始めちゃったりしております。
「決定打はあれだな。放課後誘拐事件」
「な、何そのネーミング」
「ちなみに市井がお前のこと好きなのは、前に朝、話してたのを見かけてすぐにわかった。目がハート形してたからな」
「そっ」
「こーんな感じ」
それは双眼鏡の目だろ。陸が手で輪っかを作り自分の目のところにペトリとくっつけていた。
知ってたんだって。啓太の気持ちとか。俺の……気持ちとか。
「やじゃ、ないのかよ」
「はい? 何がよ」
「その……リアルとさBLは違うだろ」
「……そうかねぇ」
「え?」
「あ、この絵、すっげ! 尊い!」
陸が見せてくれた。陸、一押しの神絵師さんの絵。そこには微笑みながら話をする登下校中の男子が二人描かれていた。風に髪を揺らしてる仕草を見て、見惚れている男子と、その男子の横でほっぺたを赤くしながら笑う男子。嬉しそうに、楽しそうに笑ってる男子二人の絵。
「はぁ、尊い」
「……」
「まぁ、俺にはお前たちもこんな感じで見える瞬間があるわけよ」
ただ笑ってるだけなのに、そこには恋があるってわかる。
「だから、リアルもBLも関係なく、いいんじゃん? 素敵なものは、素敵なものってだけっしょ」
「……陸」
「だからさ……」
「?」
俺の肩をガシッと掴み、そして、ふわりと微笑んだ。そんなに大きくない瞳をもうほぼ横棒にするほど目を伏せて、にっこりと、口が綺麗な三日月を描いて、頰笑んで。
「そのままの、ありのままのお前でいるんだ」
「……」
「それが一番だぞ?」
「なっ! それって」
ありがとうって言いかけちゃったじゃん。
「なんの解決にもなってないじゃんかー!」
「あったりまえだろ! お前以外にうちに誰か来た事ないんだから! それに、俺は、迷わないぞ! 恥じてもいない! BLは最高峰の萌え! なんっ! だっ!」
そして、うちのよりもでかいだろう本棚の前で、陸がバアーンと両手を広げた。
「わかったか!」
その手、右手の先には「痴態まみれ濡れ濡れお巡りさんがイク!」ってタイトルがあって。帯には小さい字で「恥ずかしいんだろ? 素直になれよ」と書かれていた。いいけど、全然それはそれでいいけど、個人の自由だけど、「痴態まみれシリーズ」だろう同じタイトルで職業だけが違うのをたくさん持っている俺の親友のことが、少し霞んで見えて、帰りのチャリまでには霞目が治りますようにって、願うばかりだった。
ともだちにシェアしよう!