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21 図書館ではお静かに
圧がすごい…よね。
並んだタイトルがさ、グイグイしてるよね。
いや、あそこの本棚に比べたら全然可愛いよ。陸の部屋の本棚。あそこと比べたらホント全然。けど、それでも、ずらーっと壁一面に天上までの高さで並ぶ少女漫画はね……レンタルコミック屋さんですかって感じだよね。もしくは――。
「……ぬりかべ」
「妖怪の?」
「ひょえっ!」
いきなりほっぺたをシャーペンのぽちぽち押す方で突付かれて、イケメンに顔を覗きこまれ、変な声が出ちゃった。
その声が変だったのか、シャーペンで、ぐいっと突付かれた顔が変だったのか、イケメンに笑われた。
「目開けながら寝言言ってんのかと思った」
くしゃくしゃに笑った顔もイケメンな啓太に。
「わかった? 今んとこの問題」
「へ? あ、うん、わかった」
「本当に?」
「うんうん」
駅前にある大きな市立図書館。啓太がここの図書カードを持っていた。俺はあんまり入ったことがないんだけど、中にブースがあるのは知ってた。けど、こんなにバリエーションがあるなんて知らなかった。今、俺らが借りてるのは小ブースで二人以上、四人までの個室タイプ。音は一応ガラス張りで外には聞こえないらしいんだけど、でもでかい声は禁止。あと、飲食も禁止。ガラス張りだからすぐに見つかっちゃう。陸がいたら、なんか邪なことを考えそうだなぁっていうか、妄想して、ニヤニヤしてそうだけど、啓太はそんな邪なことは考えず、しっかり勉強してる。
普通に。
そんで、俺は我が家にあるぬりかべのような本棚をどう誤魔化そうかと、考えあぐぬていた。この、わけわかめな二次関数のグラフよりももっと難問な我が家の本棚問題。だって、何せでかい。布かけたって違和感すごいだけだし。もういっそのことそのまま、とかは? 別に、陸のとこみたいな、クラクラしちゃうようなタイトルはないんだし。
たぶん、ないよね。
あるかな。
ぁ、この前買ったやつはちょっと大人のお話だった。だからタイトルもちょっと意味深な感じで。
そんなこんなで我が家のぬりかべをどうしたものかと考えてて全然聞いてませんでした、なんて言ったら、きっとビンタ百回の刑でしょ。超成績優秀な啓太にマンツーマンで勉強を見てもらえるとか、普通、ありがたくて涙がちょちょぎれるやつだろ。
「じゃあ、このグラフの直線に関して対称移動した時の方程式は?」
「え、えーっと……」
そして、我が家での勉強会は無理! との決断にいたり、今現在、啓太オススメの市立図書館で試験に向けての勉強をしている真っ最中だった。
「ここ、たぶんテスト出るぜ?」
「えっ! マジでっ?」
「たぶんな。そんで方程式は?」
笑って、誤魔化したりして。
「えへへ」
「笑って誤魔化すなよ」
そんで、啓太が笑って、また最初から二次関数のグラフを丁寧に教えてくれる。
今度はちゃんと聞かないと。
「だから、元のグラスの頂点を……」
ふむふむ。
「で、それを移動させるんだけど」
日が入るんだ、ここ。
「yの値に対して」
ロールカーテンで薄っすらと柔らかくなった夏の日差しが啓太の横顔を照らしてる。
勉強するための場所だからかな、光が入って明るくて心地がいい。その光でまたいい感じに絵になるっていうかさ。
冷暖房完備だし、静かだから、啓太はたまにここで勉強してるんだって。普段は完全個人ブースで勉強してるって教えてくれた。一人になれるとこ。ここじゃなくて、フロアの窓際にずらりと並んでる衝立で一人分ずつ区切られた、こじんまりとした机のところ。衝立があるだけだから、音とかは筒抜で、こんなふうにガラス張りになってるわけでもない。
ここは初めて使ったって言ってた。
だから、こういうペア用みたいなところはあまり使ったことがなくて。それはつまり。誰かとここで勉強したことってないんだなぁ、なんて思ってみたりして。
「わかったか?」
「へ? ぁ、はいっ」
そして、また聞いてなかったり……したりして。
「……えへへ」
目を細めて、しぶーい顔をされて、また笑って誤魔化そうかなと。
「……ったく、ほら、もう一回、説明するから」
「はい! 宜しくお願いします!
「静かに」
「はいっ!」
また笑った顔のイケメンっぷりに見惚れそうになるけれど、さすがに三回目は呆れられると、目玉が飛び出る勢いで、自分の手元にある問題集を見つめることにした。
「今日は、本当にありがとう!」
「いや……数学、少しはマシになった?」
「少しどころじゃありませんっ!」
「ならよかった」
「是非、また、宜しくお願いします!」
図書館を出ると、もうすっかり日が暮れてた。窓際だったから日が傾いてくのはわかったけど、でも、外に出るとその冷暖房完備の窓から眺めて想像していた以上に、まだ昼間の暑さが残っていて、じめぇっと肌が汗ばむ気がする。
「本当に。数学は本当にまた、是非とも。あと、英語もできましたら。ぁ! けど、ここあんま取れないんだっけ」
人気なんだってさ。衝立バージョンのところは比較的空いてるんだけど、ガラス張りの個室ブースはけっこう埋まってることがあるらしい。いつもは衝立の個人用使ってるから、別にいいんだけどって教えてくれた。
だから、次、明日も、もしも啓太の都合が良ければ、だけどさ、ここ使えたらいいなぁって。でもどこの学校も試験準備期間だろうし、図書館にもうちじゃない高校の制服を着てる人を何度か見かけたから、明日は取れないかも、かな。
「あー、いや……どうかな。取れるかどうかわかんねぇけど」
「ここ取れなかったら、俺、どこでもいいよ。あとは啓太の都合次第で」
「都合なんて別に……」
「やった、助かる! 数学マジでわかんなくてさ。もしも図書館無理そうなら、どっかその辺で全然かまわないし」
「じゃあ……それが……も?」
「へ?」
最後のはあんまり聞こえなかった。ちょうど横を通った他校の生徒の笑い声に掻き消えてじゃあの後の言葉あんまり聞こえなかった。
「いや、なんでもない」
「?」
「帰ろう。送ってく」
「へ? い、いいよっ! 大丈夫だって」
「……」
「それよりさ、明日、そしたら、英語もできましたらっ」
「……あぁ」
あれだ、後光が差すって多分こんな感じだ。勉強を見てもらっている間に窓際にいた啓太の横顔を照らしてるのを横で眺めながらどっかで見たことあるなぁって、思ったけど、神様的な後光の感じがしたんだ。
だって、ほら、あんなにすぐにわけわかんなくなる俺に二次関数ばっちりになるよう上手に教えてくれるなんて後光差しちゃうでしょ。
もういっそ拝んどこって、手を合わせたら、何してんだって笑って俺の髪をくしゃくしゃにした。
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