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23 隣のピーチ味
「申し訳ございません。本日は個人ブースの方はもう満員になっておりまして……予約されますか? 今からですと……夕方六時以降なら空いております」
個人ブースは人気があるって言ってたっけ。
啓太が図書館の受付カウンターの奥にある時計をチラリと見た。今からちょうど二時間。個人ブースは数が少ないから時間制になっていて借りられるのは二時間まで。ってことは今さっき全部埋まっちゃったんだ。でも、仕方ない。早いもの勝ちなんだから。
啓太はこくんと頷き「じゃあ、それで予約します」と図書舘カードをカウンターの女の人へと差し出し、用紙に書き込むと図書館を出た。
外はまだまだうだるような暑さで、二時間を外で過ごすことはちょっと難しそうだった。
「とりあえず、駅前の店で勉強してよう」
「あ……うん。お店なんてあったっけ」
「ああ、栄えてない方の駅にあるんだ」
そうなんだ。いっつも、ここの駅で降りるとこっちの栄えてるほうにしか来たことなかった。こっちの駅はあんまり詳しくないんだ。学区が違っていて、使ってる駅も違っていて、けど最寄りの公園だけは一緒。直線距離にするとそんなに遠くないから。
啓太と並んで歩いていく。駅の改札口前を通って、反対側へと降りていくと、図書館のある側とは別の駅みたいに静かだった。人もいないし、お店もそれぞれ小さくて、入ったらもう出てこれない気がする。何かしら買わないといけない妙な緊張感のある感じ。
そのお店の並びの中にハンバーガーショップがあった。でも、そこだけは図書館のある側と同じように混んでいた。
「柘玖志は? 何飲む? それとも食う?」
「あ、うん。そしたら、ポテトとシェイク」
「オッケー。俺持っていくから、席取っておいて」
「う、うんっ」
店内へ振り返ると、もう窓際のテーブルには人がいた。仕方がないので、店のほぼ真ん中にある小さなテーブルに荷物を置く。そして、カウンターの方を眺めてた。
背、高いよな。
一緒に並んでると見上げちゃうもんな。
「……」
そして、そんな背が高くて、イケメンの啓太のことを隣の列に並んでいた女子がチラチラ見ていた。
かっこ……いいもんな。
「わりぃ、何味か聞き忘れた。とりあえず、バニラと限定のピーチにした。どっちにする?」
「ぁ、ううん。いいよ。啓太が先に選んで」
「どっち?」
ピーチがいい。
けど、けどさ。ピーチは限定なんでしょ? そんで、バニラとチョコとかじゃなくて、バニラと限定のピーチを頼んだってことはさ、王道と王道、じゃなくて、王道とスペシャル、にしたんだから、啓太はスペシャルの方がいいんじゃないのかな。そしたら、俺は――。
「えっと……じゃあ、バニラ」
「……」
「な、なに?」
「本当はピーチ?」
「う、ううんっ」
首を振ると啓太がスッとバニラシェイクを差し出した。
「んじゃ、今日は、英語だっけ?」
「あ、うん」
「んー文法苦手?」
「うん」
喋りながら、何度か啓太がピーチシェイクを口にする。目線はテーブルの上に広げたノートと英語の教科書へ。手でその教科書を捲りながら、口だけストローを咥えて……。
「柘玖志のクラスって英語どこまでいった?」
「えっと……この、辺。今日、ここやった」
話す度に甘い香りがする。桃の、いい香りがちょっとだけしてさ。美味しそうだなぁって。
「少しうちのクラスの方が速いな。じゃあ、この少し前のとこのさ」
一口欲しい……かも。甘くて、美味そう。けど、一口もらうには……。
「柘玖志?」
「は、はいっ!」
「ポテト、すげぇ好きなんだな」
「……へ?」
「めっちゃ食ってる」
言われて手元を見てみると、もうほぼ空になったポテトの入った紙のケースの中を指で探っていた。それを見た啓太がまた笑って、ほらって自分の分のポテトを差し出してくれる。無意識で食べてたんだ。ポテト。だから、食いしん坊なわけでも、腹が減ってたわけでもなくて、いや、ちょっと腹は空いてたけど、でも、そうじゃなくて、ただ、俺は――。
「じゃあ、続きからな」
俺は、ピーチのシェイクはどんな味かなぁって……思ったんだ。
「け、啓太、これで合ってる?」
「…………そうそう、合ってる」
「うわ、やった」
けっこう進んだ……かな。っていうか、教え方がきっと上手いんだ。俺、英語本当に苦手なのに。
「あ、啓太、これわかんなかった」
「?」
「ここんとこ、なんとなぁくで訳しちゃったんだけど」
苦手な英語がいつもよりもスムーズに訳せたのが嬉しくて、調子に乗って、予習とかしてみようかなぁなんて思って書いたとこを啓太に見せようと差し出した時だった。
「キャハハハハハ」
隣の席の女子たちの笑い声が俺たちのテーブルに割り込むかのように耳をつんざく。うちの高校の制服じゃない。どこの学校だろう。その笑い声の大きさに驚いて自然と視線がそっちに向いた時だった。チラリとその女子がこっちを見――。
「混んできたな。出よう」
「あ。うん」
まぁ、見るよね。イケメンだし。どっちも高校生だし。向こうも女子二人だし。こっちは男子二人で。けど、俺は添え物みたいなものでさ。あの女子二人の視線はやっぱり。
「外、あっついな……」
啓太のこと、見てたんでしょ。
「どうしよっか……まだ図書館の時間まで一時間あるけど」
「あー……」
うち、は……ちょっとやっぱ、まだなぁ、漫画見られたらびっくりされるかもって、ビビっちゃうっていうかさ。けど、ほら、じゃあ、うちはダメだから、啓太んちで勉強で、なんて言い出すのは図々しいし。
「どうしよっか……」
けどけど、やっぱうちは……。
躊躇いながら、顔を上げると、バチッと音がしそうなほど目が合った。でも、ほんの一秒くらい。すぐに啓太が駅前を行き交う車へ視線を移したから。
「ぶらぶらするっつっても暑いし」
「あ、うん」
「まだ時間あるけど、図書館行ってようぜ」
「……う、ん」
そして、ゆっくり歩き出す。
「シェイク、冷たくて美味い」
「ああ、バニラ、美味い?」
「うん。ピーチは?」
「溶けかけてて、ちょっと甘すぎ、かもな……」
「へぇ……」
一緒に買ったのに溶けるのが早い啓太のシェイクの謎をゆっくりのんびり解きながら。
「桃だから?」
「意味わかんねぇ」
「確かに。あ、じゃあ、あれだ。啓太のほうが手が熱い」
「……かもな」
俺たちはまだ飲みかけのシェイクで口の中だけ涼みながら、少し前に通った道を歩いて図書館へと向かった。
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