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24 はい、もう一回

 この試験準備期間中に知ってしまったんだ。  あんなだなんて知らなかった。  あんなことが本当にこの世の中にあるだなんて、思いもしかなった。  イケメンの日常ってやつ。  そして、俺みたいなモブ系男子にとっては非日常ってやつ。  だってさ、ハンバーガーショップに三日連続で行ったくらいで、たかがそれくらいで、ナンパなんてされると思う? 思いません。そもそも「ナンパ」なんてものが本当にあるだなんて事すら想像してませんでした。そんなものはドラマの中、もしくは漫画の中の出来事だと思ってました。  カーノジョ、今、暇? みたいなセリフが実在するだなんて。実際には、そのまんまじゃなくてちょっと違ってたけど。あのーもしかしてぇ、みたいな感じだったけど。  なにせ、ナンパしてきたの女子だし。ナンパされたの男子だし。  だから本当に、今日は、今日こそは図書館の個室のとこが‘空いてますように。予約は当日のみ受付とかイケズなこと言う図書館の、あの綺麗なガラス張りブースが一つでいいからちょうど――。 「申し訳ございません。先ほど満席になってしまいまして」  空いてないですよねぇ。 「あーじゃあ、予約を……」  そして俺たちはまたナンパの危険のあるハンバーガーショップへ、まるでまたナンパされにでも行くみたいに向かわねばならなかった。 「空いてないかなぁ……」 「パン、食わねぇの?」 「食うよー」  前田さんの席に当たり前のように座った陸がパクッと焼きそばパンを頬ばった。俺のはコロッケパンとホットドックとデザートとしてメロンパン。本当はチョコチップメロンパンが欲しかったんだけど、もう売り切れてたから、二十円安いこっち。 「試験勉強のほうはどうよ」 「んー……」 「だって、運動神経抜群頭脳明晰……なぁ、これ文字にしたらけっこう漢字が並んでんじゃね? あとは……未確認飛行物体とかさ」 「なんだそれ。漢字多い単語競争かっ」 「それを言うなら漢字過多単語競争にすれば……ほら、漢字が多いぞ」  言いながら、スマホでその漢字が多い「かんじかたたんごきょうそう」を見せてくれた。 「って言うかさ、試験勉強する場所がないんだ」 「あ、話を元に戻したな」 「図書館がさぁ、毎回毎回満室でさぁ」 「なんか満室ってラブホっぽいな」 「それで仕方がないからハンバーガーショップとかでさぁ、勉強するんだけど」 「あーポテト食いたい。あとシェイク」 「毎回頼むとお金もかかるしさあ」 「シェイクがいいな。アプリで値引きチケット持ってっかな」 「ねぇ! 真面目に聞いてるっ?」  ポテトにシェイクなんて豪勢なことは初回だけ。そのあとの二日は小さなアイスとか、百円くらいで済むのを一つずつ頼んで、テーブルに居座った。けど、だんだん混んでくるし、おまけに昨日もナンパされかけたから、もう勉強するには不向きすぎて。  あのー、そのーえっとお……なんて一昨日とはまた別の女子に言われた啓太は一昨日と同じように少し冷たい口調で「もう帰るんで……」とだけ言って、そのままお店を出た。で、ちょうど個室ブースの予約時間になりそうだったから、図書館に向かったんだけど。 「へぇ、本当にナンパなんてあるんだな」 「俺もそう思った」 「まぁ勉強する場所じゃないからな」 「それはそうだけどさぁ、って言うか陸のくせに正論言うなよ」 「失礼な。俺だってたまにはまともなんだぞ」  自分でたまにって言ってるじゃん。 「にしても、モテ男子は色々大変だなぁ」 「本当に」  頷いたら、なんでか目を丸くされた。 「……はぁ」  そして、なんでか思いきり溜め息をつかれた。 「なんだよ」 「お前って、本当に鈍感だね」 「は?」 「お前の部屋にあるあの漫画本たちからお前は何も学んでおらんのか」  何、その村長みたいな口調。 「わかってないねえ」  今度はどこかの女将さんみたいな口調。 「まぁ、あれだ……わざわざさ図書館行って勉強しなくてもいいだろってことだ」 「へ?」 「そんで、その図書館がいっぱいなら、わざわざ、それこそどっかで金使ってまで、騒がしいとこで勉強する必要ないだろってこと」 「……」 「自分たちのどっちかの家でやればいいだろ。あら、やだ、やれば、だなんて」 「……」 「だって、いっちゃん最初、どっちかの家でベンキョー会だったから、お前は漫画の壁をどうにかしたかったんじゃなかったっけ? っていうことに悩んでたって話じゃなかったっけ?」  陸は一番の、大元の、根元みたいな俺の悩み事にまで話を戻すと、ぱくりと残っていた焼きそばパンを口の中に放り込んだ。  そう、最初に勉強一緒にやろうって言われた。どっちのうちでもかまわないって言ってて、そんで、俺はあのぬりかべどうすんだ! って気がついて、ちょっと無理かもって言って……それから勉強会をうちでするみたいな話は一回もなくて。 「すみません。今、満室なので」  はいはい。そうですよね。そんな予感はありましたよね。最初の一回がめっちゃ運良かった感じなんでしょうね。毎回毎回満室御礼ですもんね。これもそこそこ漢字が多いですよね。 「予約されますか? 今の時間ですと」  五時か六時なんですよね? もう大丈夫です。わかってるんで。一回につき二時間、なので三時四時、そのくらいにみんなが借りちゃうってことですよね? はいはい。わかっておりますよ。 「五時になるんですが」  ほら! やっぱりぃ。 「あー、じゃあ、それでお願いしま、」 「大丈夫ですっ!」  お願いしません。  そう言ったら、啓太が目を丸くした。 「行こう。啓太」 「? お、おい」 「勉強、できるとこ知ってる」 「は?」 「あと、シェイク買おう」 「は? けど、まだ予約が」 「大丈夫」  予約はしないから。ほら、行こう、そう言って、俺はテクテクと駅の反対側の改札口へ。そこで、シェイクを二つ。バニラとピーチ。 「お、おい、柘玖志?」  シェイクは持ち帰りだから急いで帰らないと。うちまでここからだと十五分くらいかかるから。 「柘玖志?」 「……」 「柘玖志って!」 「シェイクが!」 「……」 「一番、美味しかったから」  四回目ともなるとどれがいいのかわかっちゃう。ポテトもナゲットも美味いけど、指に油がつくから、勉強の時にいちいち拭かないといけない。飲み物ならそんなことない。そんな飲み物タイプの中で一番美味しいのはシェイクでしょ。  ちょっとお高いけど、でも、ほら、おうちでお勉強会だから高くたってさ。 「そんで」  だってさ、多分、ちょっとなんかズレちゃってるからさ。 「うちで勉強しよ」 「……」  だから最初んとこからやり直し。いっとう最初のズレたところからやり直そうって思ったんだ。バニラとピーチのシェイクのとこからさ。

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