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25 バニラとピーチ

 わざわざ図書館なんて行くことなかったんだ。わざわざ、お金出して、飲み物一つで粘ってまでハンバーガーのいい匂いにお腹鳴らしながら勉強する必要なんてなかったんだ。  うちでやればいいじゃんか。  けど俺が断ったからさ。 「柘玖志!」  断っちゃったから、啓太はその後、ずっと気を使ってる。 「柘玖志っ、おいっ」 「俺っ!」  きっと、遠慮してる。 「俺っ、秘密があるんだっ!」 「……」  これは予感だ。ここでちゃんとしておかないと、ものすごいズレてっちゃうっていう予感。ぬりかべのごとく並ぶ本棚ぎっしりの少女漫画を全て読んだ俺の予感。 「今から、その秘密を啓太に教えるから。だから、あがってって……ください」  そして、俺と啓太はうちに到着した。 「どうぞ……」  啓太が目を丸くしてる。 「あがって……」 「……けど」 「前に、無理って言ったのは、その、啓太がうちに来るのが無理とかじゃなくて、えっと、見られたらどん引きされそうだったから! だから、なだけだから」  最後、日本語がちょっと変になるくらいに緊張した。だって、啓太に秘密を教えるのと、少女漫画大好きってことをを知らせてどん引きされるのは別のことじゃん。なんだ、部屋あがっちゃいけないのってそういうことだったのね、って言う問題完結、大団円、めでたしめでたし、ってなったとしたって、「えっ! 少女漫画こんなに持ってんだ……マジか」って思われるかもしれないじゃん。だけど――。 「お、邪魔します……」 「俺の部屋、二階、だから」  だけど、言い訳なんて思いつかないし、思いついたところで変な感じにズレがこんがらがってく気がしたから。 「ここ……どうぞ」 「……」  啓太が慎重に一歩ずつ部屋の中へ。部屋に入ると正面が窓で、その窓の下にベッドがある。ベッドの右側に机があって、ぬりかべはその反対側。部屋入って、振り返らないとわかんない壁側に、マジでぬりかべになってる。  ぼそっと声を出すと啓太がゆっくりと振り返った。 「これ……なんだ」  俺は、そのぬりかべ本棚の前に立っている。少し、俯いて、啓太の黒いくるぶしソックスをじっと見つめてた。 「これ、見たら、啓太、引くかなって思ってさ」 「……」 「それで……」  そのくるぶしソックスがゆっくりと身動いで、そんで、啓太がその場にしゃがみ込んだ。両手を合わせて拝むように自分の顔の前に置いて、スッと通った鼻筋と、額をその合わせた手でコツンって叩いた。 「啓太?」 「……はぁ」 「あの」  その溜め息は? 呆れた? ドン引きした? ヤバい奴って思った? 高校三年でこの少女漫画の量はって。 「びっくりした」 「……啓太」 「俺は、てっきり」 「うん」  どうか引きませんように。 「やっぱ無理って」  どうかどうか。 「思ってんのかと思った」 「……」 「俺と、付き合うとかが」 「そんなこと」 「だって、すげぇ勢いで拒否るから」 「それはっ」  確かに、すっごい勢いで「無理」って言ったけど。だって、あの瞬間、本当に走馬灯のようにこの漫画が頭の中を駆け抜けてったんだもん。バババーッつってさ。目回るかと思ったんだ。 「あぁ、これは多分無理だったんだろうなって。けど、もしかしたら、まだ躊躇してるだけかも、とかも思ってさ。ごめんって言われるまでは……なんて」 「ごめんなんてっ」 「っ」  そんなことないって言おうと思って、俺も目線合わせたくて、啓太の正面に向かい合わせでしゃがみ込んだ。 「……あ、啓太」 「ヤバ……」  そしたら、めちゃくちゃ真っ赤になってた。 「すげぇ安心した」 「……」  啓太は真っ赤っかな顔に照れ臭そうに、そっぽを向いて、もう一度、深くしっかりと安堵の溜め息を零して。 「そ、れは、それは、安心していただけて、何よりです」  俺は、ドン引きされるかもって、力んでた手がふわふわにあったかくなっていくのを感じて。 「っぷ」  二人して、急に来たものすごい脱力感に思わず笑った。 「にしても、すげぇ量だな」 「あーあはは、確かに」 「どれがオススメ?」 「は? えっ? この中で?」 「そう」  えっ? あの、啓太が読むの? 少女漫画を? 啓太自身が少女漫画から飛び出たみたいな感じなのに? 「えっと、じゃあ、このオオカミ君が」 「オオカミクン」 「今、どハマりしてる。あ! 公園で啓太に遭遇した時」 「あ、もしかして、あの時、本屋で買ったのって」 「そう! これ! あの日最新刊の発売日でさっ」  不思議な感じ。俺、すっごいドン引きされるとしか思ってなかったんだ。だって、イケてる軍団の中、めちゃくちゃ中心にいるタイプの啓太は漫画なんて読まなさそうだもん。アニメ、漫画系がなくたって毎日楽しい、リア充って思ってたから。  そのリア充啓太が、おおかみ君の漫画をパラリと開いた。 「……」  よ、読んでる。 「……」  すごい。読んじゃってる。 「……」 「あ! そうだ、シェイク! 買ったんだった」 「あぁ、バニラとピーチだっけ」 「うん。そんで、はい」  今度は俺がピーチで、啓太がバニラ。夏限定だったからさ。 「ピーチの方が溶けてる?」 「あ、どうだろ。啓太のバニラは?」 「溶けてる、かもな」 「ホント? ピーチはやや溶けてる。バニラより溶けてるかな」  ほら、これ、最初にした会話。なんで啓太のピーチシェイクの方が溶けてるんでしょーってやつ。あの時の結論は、啓太の手があったかかったから、だった。 「あの時、すげぇ緊張してた」 「え?」 「柘玖志とデートっぽいことしてるって」 「……」 「あと、バカみたいだけど、バニラにしとけばよかったって思ったり。そしたら、ピーチはどんな味? つって、その間接キスできたなって」  きっと、今回もピーチのほうが早く溶けると思うんだ。 「……間接キス、とか意識してたから」  啓太がそっと、俺が飲んだ後のストローに口をつけて、シェイクを飲んで、これって間接キスで、そのことに手がほわほわにあったかくなるから。 「あ、えっと……」 「……」 「その」  多分、シェイクはすごい溶けちゃうと思うんだ。 「柘玖志」 「啓……」  だって、おでことおでこがくっつきそうなくらいに、くっついて、気恥ずかしさに俯きたいのに、覗き込むように啓太が近くに来て、そんで、そっと、そーっと、もっと近づいて、キスをするその間、ずっと手に持ってたから。  だから、バニラとピーチどっちが溶けてますか競争なら、今回もピーチの完敗だったと思うんだ。  ドキドキしちゃってさ、めちゃくちゃ俺の手が熱かったから。

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