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39 拳ぐーん
実は六年間陸上部だったんだ。
きっかけはすごく単純で、脚だけは案外速かったから。ホント、ただそれだけでやってた。
でもそんな、マラソンも陸上部も今日で終わり。今日の大会で引退になる。
この後は大学に行くつもりなんだけどさ。っていっても、学力的に余裕があるわけじゃないから、「つもり」って言うしかなくて。もしかしたら行けないかもしれないんだけど。とりあえず、行こうとは思ってる。高校卒業して働くっていうのは少しビビるし、なんかとりあえずは大学行ったほうがいいでしょ。
全部がそんなノリだった。
自分で決めるのが難しくて、まだ全然、何かを自分で決めて進んでいく勇気とかなくて。いつもいつも、目の前に出されたルートを選ぶたんびに「えー、今決めるの? マジで? 今じゃないとダメ?」って思いながら選んでた。
もう少しあとでじゃダメですか?
そんなの急に言われてもわかんないし。えーっと、じゃあ、うーん、それじゃあ、こ、こっち? かな? みたいなさ。
そういう決め方ばっかだった。
中学生になりました。中学生なので部活動を決めてください。
うーんと、えーっと、じゃ、じゃあ、脚が速かったから陸上部。
高校生になりました。同じように部活動をどこの部にするのか決めてください。
じゃあ、えーっと、前もやってたので、陸上部。
二年生になりました。そろそろ進路の準備をしないといけないので、進学か就職か決めてください。
え? もう? マジ? じゃ、じゃあ、みんなが大学っぽいので、俺も大学で。
でもさ、やっぱり今日で終わりなんだぁって思うと、そんなテンションで選んだマラソンだけどちょっと感慨深かったりして。
今朝「ああ、今日で終わりなんだあ」って思った。もうあっつい中、走ることもないんだぁって。
「柘玖志!」
「!」
寂しいなぁってさ。
「頑張れっ!」
「……」
「柘玖志!」
「っ」
泣いちゃうかと…………思った。
マラソンって自問自答時間みたいなとこがあってさ。拍手喝采、応援が雨のように降り注ぐ、そんなすごいランナーでもなければ、ビリッケツだけど一生懸命頑張ってて、ラスト辺りに転んじゃって、皆から応援を受けるようなタイプでもない。それに転んじゃったら恥ずかしいし。
中くらいの人。
運動も、勉強も、いや……勉強はちょっと中の下だけど、それから見た目も、キャラも、何もかも「普通」っていうか平々凡々で。
なんというかホント、モブ感漂うっていうか。
あ、あれだ、あれあれ。垢抜け無いって感じ。
でも、いた。
「柘玖志っ! 頑張れ!」
いたんだ。
そんな俺のことを見ててくれる人がいた。
おでこ全開で走り込みの練習をしているところを見ててくれた人がいた。ピアノの演奏会、たった一人、男子で出場したのが恥ずかしかった自分のことを見て、すごいピアノが上手いって、同じ男子なのに、あんなことができる奴がいるんだって思ってくれてた人がいた。
すごくない?
「柘玖志っ!」
ねぇ、すごいよ。
「頑張れっ!」
見ててくれた人がいたんだ。そしたら、脚がさ、急に力がもりもりになって、ぐんぐんと地面蹴って進める感じになってく。
応援してもらったんだ。だから応えるように拳を高く掲げた。
でもさ、きっとカッコ悪いと思う。なに、拳を高く掲げるのってこんな感じでいいの? カッコ悪くない? カッコいい感じの拳ぐーんってどうすんの? やったことないんだけど。不器用だから、こういうポーズもダサそうなんだけど。カッコよくできたらいいのにね。
ガッツポーズも拳ぐーんもしたことないけど、なかったけど。ラストスパートの辺り、自分が咄嗟にしちゃった拳グーンポーズに気恥ずかしくて暴れ出したくなったけど。
けど――。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、っ……はあっ」
一番速く走れた。
「柘玖志っ!」
「啓太!」
「柘玖、」
「応援、ありがとう! あの、すごい、嬉しかったっ!」
びっくりだよ。
「啓太!」
これもイケメン啓太の成せる技なのかな。
マラソン終えた直後、こんなに笑ったの、初めてだよ。
「ってさ、啓太、ワープでもしたの? コースのとこチャリ禁止だし」
啓太の声が聞こえたのはマラソンコースラストまで三分の二を過ぎる頃だった。そこから応援してもらってさ、ゴールの地点に立ってた。もしかして双子? そっくりな人がいるとか?
「一緒に走ってた」
「えぇぇえっ? 脚は? 肉離れっ」
「平気」
平気じゃないでしょ。ど、ど、どうすんの?
「にしても、やっぱ脚、速いな。追いつくので精一杯だった」
「そんな、こと」
マラソンの大会を終えて、最後のミーティングでお別れの挨拶とかして、ちょっと感動的シーンみたいなのがあった。陸上部は男女一緒だから、女子とか泣いてたりもした。最後に花束とかももらった。
「……啓太の応援、めちゃくちゃ嬉しかった」
「そうか? ならよかった」
「だから、俺! 次の啓太のサッカーのテストも試合もめちゃくちゃ応援するっ! マジで!」
「ありがと。柘玖志に応援されたら、もう絶対に大丈夫な気がする」
「……えー、それは……」
ちょっと微妙じゃない? 俺だもん。パワーないでしょ?
「本当に。すげぇ頑張れるよ」
でも、応援が力になるのはついさっき体感したからさ。
「うん。めっちゃ応援する」
「……花、綺麗だな」
「なんか、俺に似合わないよねぇ」
「あー、わり」
「?」
啓太がリュックの中をガサゴソして、苦笑いを溢した。
「なんか、走ったせいで、中で元気なくなってる」
「?」
「これ……そっちの部活でもらったのに比べたらすげぇ小さいけど」
「……」
それは、小さな花束。
「引退だからって思ったんだけど、持ってると案外目立ったからリュック入れっぱだった」
向日葵の小さな花束。
「柘玖志に似合うと思ってさ」
ぺんぺん草の花束でもなくて、そこら辺に生えてそうな名前も知らない小さな花でもなくて、でっかい太陽みたいな向日葵の。
「お疲れ様」
でっかくて、小さな花束。
「あ、りがとっ」
「! おまっ、泣っ」
「めちゃくちゃ嬉しい」
けどやっぱりでっかい向日葵の花束をギュッと抱きしめながら、最後のマラソン大会の帰り道、嬉しくて、あったかくて、やばくて。
「ありがとっ」
うろたえる啓太の隣でギュって向日葵を抱き締めながら、しばらく泣いていた。
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