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41 テスト
「ひょぇ……」
思わず、そんな声が出た。いや、テスト会場がスタジアムってなってからそれなりにでっかいとこだとは思ってたけど。でも、ここって、本当にサッカーするとこじゃん。すごいな。
真ん中にピッチがあって、その周りをぐるりとスタンド席が囲ってる。少しずつ高く段々になってるから、見えなくてしょんぼりすることはない。でも今日はこのテストを受ける人とその同行、応援の人が多くても二人。だからあっちこっち空いていて、むしろここでやるとスペース的にもったいない気がするくらい。
それにしてもでかい。
こういうとこ、初めて来た、かも。
「柘玖志」
「! け、啓太! え、なんで、ここに?」
「? 受付終わらせてきた」
「そぅ、なんだ」
「それと身体測定」
「そんなのもあるんだ」
「一応な。ざっとだけど。申し込み用紙に書いてあったプロフで合ってるかどうかの確認」
「ふーん」
なんだ。俺はてっきりもうあそこでバイバイしてからはずっと離れてるんだと思ってた。この会場に入ってすぐ、あっちとこっちって啓太と分かれたんだ。俺は矢印にスタンド席って書いた方へと進んで、ここに出た。若干の手持ち無沙汰と、俺ってここにいて警備員さんに捕まらないかな? どこぞの高校生が迷子になって迷い込んでるって追い出されないかなってドキドキしてた。
「座ってれば?」
「は、はいっ」
どこでもどうぞ状態で空席がたくさんでさ、どこに座っていいのかもわかんないんだ。
でも啓太は臆することなくそこの席にドカッと腰を下ろした。そして俺も、自分のリュックを抱えながら隣に座る。
「リュック、隣の席に置けばいいのに」
「あ、あはは」
そうなんだけど、あまりに空き過ぎてて、手に余るといいますか。っていうか実際、すごい余ってますし。
「す、っごいとこで試験するんだ。俺、こんなとこ初めてだからすっごいビビった」
「そ? けど、ここは小さい会場なんじゃね? プロはもっとでかい……」
啓太はそういうと、ピッチに視線を移して。それからこのスタジアムの真上に広がる空を見上げた。眩しそうに手で陽を遮りながら。
「啓太に、似合うよ」
「……ぇ?」
「その、このスタジアムも、ここよりもでっかいプロが使うっていう場所も」
「……」
「似合うと思う」
背が高くてさ。足だってすっごい早い。長い手足を自由自在に動かして、ボールを操って、あっちこっちって走り回るんだ。うちの高校のグランドなんかじゃ、啓太には狭いよ。だからここはきっと啓太によく似合う。
「ありがと」
ちょうどそこでホイッスルが鳴った。たぶんテストが始まるんだ。
「じゃあ、行って来る」
「う、うんっ」
頑張れーって心の中ではすごい連呼した。けど言わなかった。
「いってらっしゃい!」
だって、啓太のことだからさ、もうそれはそれは頑張っちゃうと思うんだ。それこそ、そんなに頑張らなくてもいいくらいに頑張っちゃうだろうから。それに、いつも通りに頑張ってたら大丈夫だって俺は知ってる。ハンドフルートの演奏にピアノでたくさん体感してるんだ。次の練習、そのまた次の練習、次の次の次も、どんどん上手くなっていくから。きっとたくさん練習したんだろうってわかる上達ぶりだったから。
啓太は今日の日のためにすっごい頑張ってきたんだろうから。
俺は行ってくる啓太をただ見送るだけにした。
「……あぁ、行ってきます」
そんで、啓太が帰ってきたらさ、タオルをさ、渡すんだ。笑顔で。それが今日の俺の一番の大仕事。
そう心の準備をして眼下に広がる青々としたピッチへと視線をやる。
テストはダッシュ十本、そのあとミニゲーム。で、終わり。ダッシュ十本はキツそうだった。だって、このでかいピッチを半分にした距離を十回行ったり来たりを繰り返す。端と端にストップウオッチを持ってる人がいて、タイムを測られてた。段々とスピードが落ちてるような気がする人もいたけど、啓太は変わらず速かったように見えた。そしてそのあとはミニゲーム。何度かぶつかられてて痛そうで、俺は肩を竦めて目を閉じちゃいそうなのを堪えた。夏休み何度か見学した練習なんかの数倍、数十倍激しくて、ミニゲームとは思えない大迫力だった。
それを終えて、コーチなのか試験監督なのか、男の人が皆に話してテストは終了。
さっき入って来た時のフロアへと行くと、もうそこにはテストを終えた人たちを迎えきた応援の人で溢れていた。それでも弾き飛ばされないように頑張って前を陣取った。
「啓太!」
ほら来た。今日の大仕事。
頑張ってきた啓太におかえりっつってタオルを渡す。笑顔で、スタンドのど真ん中に誰よりもカッコよく駆けていく、あの啓太に――それで、言うんだ。お疲れ様じゃなくて。
「おかえり」
「……ただいま」
深呼吸をして、丁寧に「ただいま」ってした啓太は、俺を見てクシャリと笑って、腹減ったって、呑気にぼやいた。
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