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43 お宅訪問と性徒会長とシャンプーと

「ゆっくりしてて」 「う……ん」  初啓太んち。初お宅訪問。  前に啓太んちに来た時は玄関先だけだったから。  夜分にすみませんってお母さんに挨拶したら、ニコって笑ってた。すっごい美人のお母さんだった。夕飯は済ませてあるからって啓太に連れられて二階へ上がって、部屋へ案内された。その啓太はまたすぐに部屋を出て行ってしまった。 「ゆっくりと……言われましても……」  落ち着かないし、ドキドキしてるし、ゆっくりなんてできそうにない。陸んちみたいに漫画本もないし。っていうか、漫画本がないってすごくない? 俺、ありえないんだけど。サッカーの漫画くらいならありそうなのに。あるのはサッカーの雑誌ばっかり。それから壁にかかってるのはどこかの有名なクラブチームのサッカーユニホーム。あんま散らかってない。机があって、うちの半分以下の高さしかない本棚。あ、すごい。その本棚の上には自分専用のタブレットがあった。いいな。マイタブレット持ってるんだ。ベッドは朝起きたまま、なのかな。少しシーツがくしゃっとしてた。 「……」  ベッド、だって。いや、あるでしょ。ここ啓太の部屋なんだから。あって普通でしょ。けど、今の、俺らには、その、えっと……色々と、考えてしまう物だったりもして。  ホテルは行かなかった。  ラブホテルは高校生じゃ入れないし、ビジネスホテルもお金けっこうかかるから高校生の俺らには無理で。  ――俺の部屋、行こう。  そう言われて、頷いた。帰りの電車の中でずっとドキドキしてた。部屋行こうって、さ……つまり、部屋でするってこと、でしょ? 保つかな、心臓、ずっとこんなに騒がしくて。する時に止まっちゃいそう。 「お茶で平気か?」 「!」 「座ってていいのに。適当に」 「……ぁ、うん」 「今、風呂、沸かしてる」 「あ、はいっ」 「あんま面白くないだろ。俺の部屋。漫画ないし」  あ、それは今さっきちょうど思ってましたので。漫画ないんだぁって。 「すぐに沸くと思うから」 「あ、うん」  お風呂、その単語一つで心臓が破裂しそうになる。口を開いた瞬間、その心臓がポロリと出てきちゃいそうで、きゅっと結んだままの真一文字口が治らない。  だって、お風呂用意してるってさ、それはつまりお風呂入って、それから。  ――先にシャワー浴びさせてよ、副会長。  ――あとでどうせまた浴びることになるのにか? 性徒会長。  ――あ、ダメだよ。ン、まだ、僕は生徒会長さっ。  んぎゃあああああ、どっちでもいいから、性徒でも生徒でもどっちでもいいからっ、今ここで、このタイミングでお風呂繋がりで、出てこないでよ。マジで。なんか色々が過激すぎる陸の本の人。邪魔だから。本当に、今ここでそんなの脳内で膨らんでこなくていいから。  全然予備知識にならない邪魔っけなだけだから。 「ずっと……」 「へ?」 「柘玖志のリュック、何入ってんだろって思ってた」 「あ」 「なんかたくさん持ってたから」 「あ、えっと、お泊りセットを……」 「ん」  啓太が短く頷いて、自分の手前に置いたお茶を一気に半分くらい飲んだ。 「っていうか、なんか、俺っ、その、テストの後のご褒美それだとばっかり思ってて、そんで、だから、思いっきり泊まるつもりだったんだけど、あの、もしも迷惑なら、えっと、帰ろうと思えば帰れるので」  緊張のあまり俺は一気に早口で喋ってた。やる気満々って感じだった自分も気恥ずかしかったし、俺の心臓のバクつく音が静かな部屋だと啓太にも聞こえそうだから、それを誤魔化したくて。 「そんなわけないじゃん」  でも引き寄せられて、そのお喋りな声も止まってしまう。  うるさいくらいの鼓動が聞こえちゃいそうな近さ。 「け、啓太の部屋、初めて来た」 「そりゃ……呼ばないようにしてたから」 「え? なん、」  俺、お呼ばれ対象外? って、少し衝撃的告白にびっくりして顔を上げて、ぶつかるようにキスされた。抱き締められながら、唇が重なって、ちょっと久しぶりの柔らかさに心臓がもっと騒がしくなる。 「ンンっ」  久しぶりの啓太の舌に、なんか、頭ん中がポーってする。 「こういうこと、したくなるから」  唇が離れたら、濡れてた。啓太の唇が濡れてて。 「こういう、こと……ンン、ん、ん……っ」  俺の唇も濡れてた。そのお互いのがまた触れて、重なって、開いた隙間から絡まり合った。 「ん」  溶け、ちゃいそう、だ。 「ンン、んっ…………ン」  熱くて、溶かされちゃいそう。 「んっ、はぁっ」  角度を変えて何度も重なる唇に息ができなくて、大きく口を開けると食べられちゃいそうなくらいに口づけが深さを増す。 「あ、啓太……」  その時だった。  さっきのお母さんがお風呂沸いたよって教えてくれて、そんで二人して、飛び上がりそうになった。 「風呂、案内する」 「は、はい……」  下の階に降りるとテレビの音が聞こえた。リビングのほうにお母さん達がいるみたいで、啓太に言ってから、そっちへお風呂いただきますって挨拶をして、また啓太に案内されて風呂場の方へ。 「シャンプーとか、これ使って。そっちは母さんと妹のだから」 「あ、はい」 「あと、タオルは……」 「あ、持ってきてるっ」 「そうだった」  お泊りセットで、タオルはどうしようか迷ったんだ。ほら、ラブホテルとかならあるでしょ? けど、とりあえず必要になるかもしれないし、あって困ることはなくても、なかったら困るからって。その自前にバスタオルを見せると、啓太がふわりと微笑んだ。 「それじゃ、分からなかったら、適当に使って構わないから」 「う、ん」  バスルームのところで、キス、した。  ちゅって、ただ触れるだけのキスだけど、お風呂前にしたそのキスはダメだった。  微笑んだ啓太の首を傾げた仕草も、手をちょんって繋いでくれた指の感じも、それから、自分の部屋に戻るとする時の啓太の俺を見る眩しそうな視線もなんもかんもダメだった。  知らないお風呂に、使ったことのないシャンプーに、ボディーソープ。うちとは違う強めのシャワー。 「……ど、しよ」  何もかもにドキドキしてて、自分の頭から啓太のさ、シャンプーの匂いがして、ぎゅっと、うちよりも広い湯船の中で縮こまった。  だって、このシャンプーの匂い、知ってる。  キスの時、たまに香ってて、いい匂いだなぁって、思ってたから。 「まさかの突然の匂いフェチ……」  そんな呟きが浴室でちょっとだけ響いてしまった。

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