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49 愛しき線香花火

 手持ち花火百二本、噴き出し花火十二本、バッグ型になっているケースに入っためちゃくちゃ高いやつ。ボリューム満点って書いてあった。つまり、一人五十一本の手持ち花火をして、尚且つ、吹き出し花火もできちゃう。  確かにボリューム満点でさ、やってもやってもまだあるから、両手に持ってみたり、しまいには指の間に全部挟んで、片手に四本、両手で八本もの花火をつけて、ちょっとした花火芸人みたいになってみたりした。それでもまだまだたんまりあって、ずっと花火できちゃいそうでさ。  多すぎでしょって言ったら、啓太が楽しそうに笑ってた。  その笑った横顔が、パチパチと火花の弾けるような音と一緒にふわりと灯ったオレンジの花火の色に照らされてた。  カッコよくて、なんか見惚れちゃって、花火が消えたらその笑顔を照らすオレンジ色も消えてしまうから、俺は慌てて次の花火に火をつけたんだ。  噴き出し花火はものすごい派手な音を立てて、派手派手な火花が辺りに飛び散ってく。数秒しかない火花の踊りにドキドキした。  心臓が、あの飛び散って踊る火花みたいに躍ってた。 「あー、あんなにあったのにぃ」 「な? 全然、まだあってもいいくらいだろ?」 「うん」  あっという間だ。啓太が持ってたあの花火セットを見た時は、絶対に二人でやる量じゃないって思ったのに。 「ほら、柘玖志」  終わってしまったら「え? もう?」って思っちゃう。 「線香花火」  でさ、ラストにとっておく線香花火にちょっと切なくなったりするんだ。 「今日さ、応援してたら隣にいた女子達が啓太の話してた」 「へぇ」 「カッコよくて、サッカーめっちゃ上手くて、モテるんだろうなぁって」 「……」  線香花火の先端に火が付いて、手持ち花火よりもずっとずーっと小さな火花が遠慮がちに、パチパチって音を立てて踊り始めた。  小さくて、あれ? 着いた? ってくらいに小さな火花。  ゆっくりその火花が大きくなっていく。 「どこの学校だろー、知らないとこだったけどさ、啓太のことめっちゃ褒めてて、あ、すご! 見て、俺の、マグマみたいなの超でっかい」  地味だよね。線香花火ってさ。 「彼女とか絶対いるでしょって」 「……」 「きっとすっごい可愛い子だよって」  学校でも超有名なカップルでさ、もう、はいはい、そこは固定カプなんでって感じ? 皆が認めるベストカップル。  まるで、吹き出し花火みたいにパチパチって皆が拍手して声上げちゃうような、ビッグカップル。 「ほら、例えば、佐藤さんみたいな」  俺と啓太だと、俺が地味だからさ、噴き出し花火みたいなパチパチ派手派手ベストカップル賞受賞間違いなし! みたいなことにはならなくて。  ホント、地味な線香花火みたいな感じ。  静かに始まってさ。パチパチパチパチって、小さな火花が小さく踊るんだ。 「そう言って、……」 「今日、佐藤に告白された」 「えっ!」  線香花火は皆で楽しむ感じじゃないんだ。小さいし、ぶんぶん振り回したら、即消えちゃうし。しゃがんでじっとしないといけなくて。 「試合の後な」 「……」 「そんで、好きな奴がいるからって断った」 「……」 「そいつと付き合ってるからって」 「……」 「すげぇ、好きなんだって」 「……」 「それで、そのあとすぐに部活連中とラーメン食いに行ったから、柘玖志に連絡するタイミングがなくてさ」  手持ち花火みたいに走ったりもできないし、噴き出し花火みたいに歓声が上がるようなノリでもないけど。 「やっぱ、ちゃんと顔見て言いたかったんだ」 「……ぇ」 「応援来てくれて嬉しかった。ありがとう」  線香花火は小さくて地味でひっそりしてるけど。 「…………はぁ……失敗した」 「啓太? え、何?」  いきなり思いっきり溜め息をつかれて、なんか変だった? え? まさか、の、そのまさかの、まさかで、やっぱ俺じゃなくて佐藤さんと付き合えばよかったとかの、そういう意味での失敗、とか? マジで? 「餃子、食うんじゃなかった」 「は?」 「調子に乗って二皿食った」 「あ、はぁ……」 「チャーハンを半チャーハンじゃなくて、一人前にして、餃子やめとけばよかった」 「はぁ」  どうぞどうぞ、監督のおごりであればいくらでも、好きなのを食べたらいいんじゃないでしょうか。それにしてもたくさん食べるね。 「キス、できねぇじゃんな」 「……」 「餃子のせいで」 「……っぷ、あはははは」 「笑うなよ」 「だって」  笑うでしょ。何かと思ったじゃん。  まさかの! って思っちゃったじゃん。  だから、もったいなさそうな、悔しそうな顔をしている、今日の優勝に大貢献して、チームを勝利に導いたMVPの啓太にキスをした。  首を傾げて、覗き込むように、ちゅって。あ、いや、そんな綺麗にはできないけど。ほら、不器用だから鼻が当たっちゃったけど。 「ずっと、応援してる」 「……」  でも、好きな子に俺はキスをした。 「あと、そんなどこかの女子にめっちゃ褒められて羨ましがられてさ」  あの女子たちが見てる啓太はきっと、今日、応援に行った試合の帰りに撮った青い青い空みたいに、絵に描いたような見事な夏空。  けど、俺がこうして見る啓太はもう少し柔らかい色で、柔らかい日差しの夏空なんだ。 「俺、内心、めっちゃどやぁってしてたんだ」  こーんな感じにね。どやぁってさ。 「……っぷ、すげ、柘玖志のどや顔」 「結構な悪代官顔でしょ?」 「あははは」  打ち上げ花火みたいな、噴き出し花火みたいな、手持ち花火みたいな派手さなんてないけど。誰かから歓声が上がるわけじゃないけど、このさ、ラストに大事に大事に火を灯して、大事に見つめる感じの線香花火が、俺は好きだよ。  愛しいなぁって、思うんだ。  線香花火に似た、俺らのこの恋も、愛しいやぁって、思うんだ。  花火と夏休みは似てる。始めはまだまだこれからじゃんって思ってたのに、気がつけば「え? もう?」ってくらいあっという間に終わってしまう。  そんな夏休みが明けてすぐだった。  今朝は一緒に登校できなかったんだ。 「おい! 柘玖志!」  学校遅れてくってメッセージが来たから。俺は心配で「大丈夫?」って返信をしつつ、一人で学校へ向かったんだ。 「聞いたか?」 「?」 「市井! アンダー二十一の代表候補に選ばれたんだって!」 「……」  その返信に返信がまだ返ってこなくて心配してた。 「サッカーっ!」  啓太、大丈夫かなって。

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