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54 声援

「ねー、私服ダメだってぇ」 「マジつまんなくない? なんで私服じゃダメなわけ? だって学校やってる時間じゃないじゃん。夜でしょ?」 「なんか地方テレビの撮影来るからって」 「マジで?」  マジで? テレビ取材とかも来ちゃうんだ。地方テレビだけどうちの学校に来ちゃったりするんだ。なんか。 「すごーい!」  本当、なんか、すごい。 「おい! 柘玖志」 「!」  お隣の席の女子の会話に耳を傾けてたら、陸が前の席、前田さんのところにどかっと座った。 「お前も、行くんだろ?」  ちょくちょく陸に席を奪われてしまう前田さんを心の中で気の毒に思いながら顔を上げる。 「応援! ライブビューイング!」  昨日の夕方、ホームルームの時から学校の話題はそのことで持ちきり。  ライブビューイング。  啓太が今練習に参加している日本代表アンダー二十一の最終予選前、総まとめになるだろう練習試合が明日行われる。今まで作り上げていたチームの完成形、そして戦術の総仕上げになる試合、なんだって、昨日スポーツニュースの解説の人が言ってた。  なんと言っても注目なのは、シンデレラボーイ、市井啓太選手って、紹介されてた。写真付きで。  多分、練習の最中のワンショット。すごい気迫の篭った表情でピッチの上を走り回る啓太の写真がテレビでババーンって紹介された時はすごくびっくりした。  あと、その写真の横顔がめちゃくちゃカッコ良くてドキドキした。  もちろんミーハーなうちのお母さんは大はしゃぎ。あのクールな思春期中学生、紬も、テンションめちゃくちゃ上がってた。  あ! ウソ! マジで? この人、お兄ちゃんの友達じゃん!  キャー! 白石君だわ! よく食べてたもんねぇ! 頑張れー! イケメンサッカー選手ー!  って、感じに我が家は大盛り上がりだった。 「今日の六時に体育館だってよ」  試合は七時キックオフって、ニュースでも言ってた。 「あ、制服だってよー」  それは今隣の女子も話してた。テレビ来るなら余計に私服がよかったって。 「うん」  今日、啓太が試合に出るかもしれないから、学校の体育館でライブビューイングで応援するんだって。学校総出でエールを送る。 「俺は……うちで見るよ」 「へ? なんでだよ」 「んー……」  実はさ、心臓がさ。 「なんか、ちゃんと見たいから、かな」  すでにバックバクなんだ。頑張れーって心から思ってるし、エールならすっごい送ってる。けど、なんだか、静かに見守りたいんだ。 「そっか」 「うん。陸は?」 「俺はぁ、サッカーあんまわかんねぇしな」 「面白いよ?」  啓太の頑張るとこを静かにうちで応援してたい。メガホンも、ブブセラ、ってもう今は違うのか、とかも何もないけど。  夏の大会前、練習に復帰した啓太を少し離れたところからずっと見守ってた時のまんま。同じように見守りたいなぁって。 「じゃあ、俺は体育館から応援すっか」 「うん。応援してよ」 「おー」  もうサッカーを手放しちゃいそうだった啓太がさ、ピッチを駆け抜けるとこがもしも見れたらさ、きっと泣いちゃうくらいに感動すると思うから。泣きべそなんて、恥ずかしいじゃん。だからさ、うちで応援してたいんだ。  サッカーって四十五分を二回、前半後半、合わせて九十分も試合をする。まるでマラソンだ。マラソンよりもきついかな。マラソンは前に前にって進んでいくけれど、サッカーはそうはいかなくて、あっちこっち走り回らないといけないし、どつかれるし、ボールなんてどんなに疲れてても手で持っちゃいけないし。蹴りながら走るなんて大変じゃん。その九十分をただ行ったり来たりするだけでも大変なのに。ボール蹴りながらとか、ボールを足でコントロールしながらとか、頭が爆発しちゃいそう。 『うーん、これは早めに手を打つべきかも知れないですね』 『なるほど、お、監督が動くようです。何やら……』 「!」  けどさ、その爆発しちゃいそうな難しいことが啓太はとっても上手なんだって、スポーツニュースの人が話してた。何よりもボールコントロールの良さが素晴らしい。そして、抜群の瞬発力、視野も広く、体もしっかりしていて相手のボディーコンタクトをモノともしない体幹の強さがあるって。 『市井啓太選手が呼ばれました』 「!」  ほら、やっぱり心臓破裂しそうだ。 『交代するようです』  だから一人で見てたんだ。お母さん達が下のリビングで大騒ぎしているのが聞こえる。俺は、タブレットで見てた。お父さんが仕事で使ってるのを頼んで借りたんだ。  一人で見たかったから。  心臓がさ、破裂しちゃうかも知れない。泣いちゃうかもしれない。 『ここで、市井啓太選手ピッチへ入ります!』  膝に乗せたタブレットを思わずぎゅっと握った。平べったい、薄いその画面の先、今からこの試合一番の活躍をする啓太をぎゅうううううって応援するように。  きっと学校も大騒ぎ、下のリビングも大騒ぎ。この街がめちゃくちゃ大騒ぎの中。 「……頑張れ、啓太」  この街で一番小さな声援だけど。 「頑張れ」  一番、君のことを。 「啓太」  応援してる。

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