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啓太視点 ハッピークリスマス編 1 黒い魔法使い
「ようやくこれで自宅に帰れるぞー! やったー! って、おい、啓太、お前はどこまでいってもクールキャラだな」
十二月に予定されていた練習試合とそれまでの数日の代表合宿を終えて、ホテルで荷造りをしていた。
大体、代表合宿の時の同室は決まってる。これはこれで、練習というか試合の時のコミュニケーションを円滑にするための関係性を作る時間だから。
俺が合宿に招集される時の同室相手はいつも彼だ。社交的なタイプで、部屋に篭ることがほとんどなく、大体別の部屋の選手のところでゲームをしている。その方が俺は柘玖志に電話をしたりできるからちょうどいい。
「な、お前はクリスマスどーしてんの?」
クリスマス……か。
「ほら、所属チームもオフだろ? さっき、別の奴に聞いたら、自分が経営してるサッカー教室のクリスマスイベントだって言ってた。それから、ボランティアでサッカーイベントでコーチをするっていう奴も。すごいよなぁ。俺はガッツリ自宅休養だわ」
俺は。
「あ! そっか! お前は婚約したんだっけかぁ」
柘玖志は……忙しいって言ってたっけ。クリスマスだから、ピアノの特別演奏会があるって、だからデートは無理そうって電話越しに少し拗ねてて可愛かった。
「婚約者がいるんじゃ、うひひ。それはそれは……」
けど、俺はいいよ。
「クリスマスは、そうですね」
柘玖志にいつも「おかえり」と言ってもらってる俺は、代わりにその日「おかえり」と言えるから。
「うちで留守番、かな」
君の「ただいま」をゆっくり待っていようと、少しだけワクワクしていたりするんだ――。
初めて会ったのはピアノ演奏会だった。
妹が通っているピアノ教室で行われた演奏会。
市民ホールを借り切っての規模の大きなもので、うちの妹の演奏を見ようと家族総出で赴いた時のこと。俺は少し退屈してた。
知らない曲ばかり。
知らない、代わる代わる出てくる女の子たち。
ピンクだ黄色だとカラフルでキラキラヒラヒラとしたドレスを着て、お辞儀をして、聞いたことのない曲を奏でる。どの曲も、サッカーばっかりしている俺には知らなくて、少し眠たくて。
そんな時、そのピンクや黄色、水色、の中、突然、目に飛び込んできた黒色。
キラキラもヒラヒラもついてないスーツを着たその子は顔を隠すように俯いたまま、ピアノの横に立ち、俯いたままお辞儀をして、俯いたまま演奏を始めた。
もちろん知らない曲だった。
けれど、その演奏はキラキラヒラヒラ、ふわふわばかりを聞いていた俺にとってはやたらと新鮮に聞こえた。指で叩くように、弾くように黒と白の鍵盤に触れる度にカラフルな音が飛び出してくる。一向にその子は俯いたま魔だけれど、それがなんというか、身分を明かしたくない魔法使いのように思えたんだ。
だって、彼の演奏は、音は、踊るように滑らかで、耳に心地良く感じたから。
そして、演奏が終わると彼はやっぱり俯いたままお辞儀をして、そのまま一度も――。
「!」
けれど、見えたんだ。
壇上から立ち去る瞬間、見た。
音を操る魔法使いの素顔を。
「……」
ほんの少しだけだけれど、目元が一瞬見えたんだ。ほんの一瞬。
すごいな。ピアノの演奏カッコ良かった。綺麗な姿勢に見惚れてた。
今の子は誰だろう。
なんて名前の子だろう。
けれど、今の子のことを説明していたアナウンスを聞き逃してしまったんだ。目で追いかけるのに必死でさ。曲名も、名前も全部わからない。
えっと、どれだ? これ? これもなんか男子にありそうな名前。けど、どれも女子にもありそうな名前。だから探し出せなくて、そのプログラムはそのまま大事に持っていた。このたくさん並んだ名前の中に、彼の名前があるんだと。
瑠奈、千尋、柘玖志、明、まだまだたくさんある名前の中に必ず君がいるんだと。
「あった!」
そう思わず叫んだっけ。
「んあ? どーしたぁ? 啓太ぁ?」
「あったんだ!」
「は?」
それは高校の入学式のことだった。配られた冊子には新一年生の名前とクラスがずらりと並んでた。俺のクラスの隣に、一つだけ、知ってる名前を見つけた。
白石柘玖志。
知ってるんだ。この名前を。
ずっと、机の引き出しにしまってある。小学生の頃、親に連れられて行った妹の演奏会。そこで見かけた音を操る黒い魔法使い。
君を探してた。
名前がわからないから、女子でもありそうだけれど、男子でもありそうな名前を眺めてた。この中に君がいると。
「ちょ、おい! 啓太、そろそろ入学式だぞー」
「すぐ戻るっ!」
隣に君がいる。隣に。
「あ、白石君、ごめんなさい。これ、胸につけるんだって」
「へ? あ、はい」
「!」
新入学生だとわかるようにリボンで作った花の飾り。それを配られた君はおもむろにポケットのところにつけようとして、場所が間違ってると、配っていた女子に指摘された。
今、白石って聞こえた。
「……」
君は間違えてしまったと真っ赤になって俯いて。
「アタッ」
その音を操る魔法の指先を針であろうことか刺してしまって。
「……」
恥ずかしそうに俯く姿を見た。あの日と同じように俯いて頬を真っ赤にしていた。
音を操る魔法使い、初恋の君が、そこにいた。
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