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啓太視点 ハッピークリスマス編 2 さて、確率の問題です。

「やっぱ……そうだ」  本当に? マジで? 本当かな? 同じ苗字、同じ名前の奴いるってさ、どのくらいの確率だと思う? 上のさ、苗字だけならありそうだろ? 「……白石……柘玖志……」  けど、ほら、この「柘玖志」っていうのはそう多くはないと思うんだ。漢字も珍しいし、「つくし」って名前もそもそも珍しい。その名前を持った男子が複数人いる確率は、さてどのくらいでしょう。 「……いた……」  もう何度も何度も眺めていたこのパンフレット。名前を知らなかったから、ここに並んでいる名前のどれかが彼なんだと、全部、特に女子っぽくない名前はしっかりと覚えてたんだ。  ヤバイ、とは思う。子どもの頃のピアノの発表会で見かけた彼を今でも追いかけてるなんて。でも、本当に、綺麗なピアノの音色だったから。力強く弾くその指先から音が弾けて、踊ってるように、本当に感じたから。 「マジで……いた……」  感動したんだ。  君は女子の中で、悪目立ちしていると気まずそうに俯いていたけれど。  俺は、そんな君に会いたいと、ずっと思っていた。会ったら、なんて話しかけよう、ってずっと考えていた。  住んでる場所はそう離れていないだろう。けれどどこの小学校なのかもわからない。引越ししてしまったかもしれない。あそこのピアノ教室がどうしてもよかったんだと遠方から通っていたのかもしれない。名前だって、彼の名を知ってるわけではない。「僕があの時、ピアノを弾いていた男子です」と名乗り出てくれるわけでもないのだから、どこかで俺がうっかり見過ごして、通り過ぎてしまっているかもしれない。  そんな君に「再会」できる確率はきっと天文学的数字になるんだろうと思いながら、ずっとこのパンフレットを眺めていたんだ。  白石柘玖志、同じ歳。住んでる場所は、まだ聞けてないけど、自転車通学のエリアなのはわかった。それから陸上部にいる。種目は長距離走。たまにうちの部が練習をしているとグラウンドをぐるりとかなりの大回りで走ってるのを見かける。  いや、見かける、んじゃなくて、チラチラ見てる。  この前はそれで、見惚れてパスミスをした。  クラスではあんまり目立たないほう、だと思う。仲の良い男子がいて、よくそいつとつるんでる。 「えー、なんで! いいじゃん! あの展開は王道だけど、そこがいいんじゃん!」 「ケッ、そういうのをご都合主義っていうんだよ。少女漫画は大体そうなんだよなぁ」 「そんなの、お前が買ったこの前の、なんだっけ、ほら、あれ」  ヤバ。  本人だ。 「あぁ、タイトルが際どくていいよなぁ、フゴっ! んぐっ! ふごごご!」 「ちょっ、お前! ここ学校だっつうの! タイトルでかい声で言うなよ! 捕まるぞ!」  ピアノは今やってるのかわからない。でも二年の合唱コンクールでは弾いてなかった。 「市井クン、次の体育、外だって、男子に伝えてって」 「あぁ……わかった」 「ほら、それだって、あーんなタイミングでさ、鉢合わせなんてするわけないじゃん」 「いや、あれは運命だね。運命の遭遇だね。だって、何せタイトルが、ふごっ」 「だから! ここでそれ言うなっつうの!」  また弾かないかな。ピアノ。 「市井クン、怪我の具合どう? まだ痛むんでしょ?」  あのピアノが聞きたい。  なんて、思うけど。だからって、俺がハンドフルートの練習とか意味ないだろ。別にこれで共通の話題をって話しかけられるわけじゃないし。  ――今日もサッカーの練習は……。  出たってさ。練習したって、俺みたいなの、上へ行けばゴロゴロいる。その中であの夢の自分になれる確率なんてほとんどゼロな気がする。  ――将来は! サッカー選手になることです!  サッカー選手って、どこの? プロの? ただのサッカー選手なら地区サッカーで充分でしょ。楽しいから、でサッカーするならそれで満足じゃん。「プロ」にこだわらなければさ。  じゃあ、その「プロ」を目指したいのは、俺? それとも親? 周り? 誰?  そんなことを考えたら、足が止まった。足が止まって動けなくなった。そんで、動かずに今、なんか知らないけどハンドフルートの練習してる。  案外楽しい。  最初、音なんてちっとも出なかったけど、なんか、コツが掴めてくるとやたらと楽しくなってきた。全然レベルとか難易度は違うのかもだけど、こうして演奏するのは結構楽しくて、あぁ、白石とかもこんな気持ちでピアノやってたのかな、なんて考えてたりして。  昨日さ、屋上で練習してた時、音階がしっかり取れたんだ。ちょっと感動したりした。  そんな昨日の俺のイメージは動画で見かけた、ピアノとのセッションをしている感じ。もちろん、ピアノの演奏は――。 「うわっぷ!」  どこからか聞こえてきたのは軽やかな楽しげな口笛の音色。 「イタタタ」  楽しそうだなって思っていたら、次の瞬間、ドーンって、何かが体当たりをした。 「大丈夫か?」  え? 嘘、だろ?  白石だ。  は? これ、ぇ? マジで?  本物だ。本物の白石、だ。  びっくりした顔をしてる。  あ、けど、これチャンスなんじゃないか? 話しかける。今なら、ほら、何かないか? えっと、話しかけるのにちょうどいい話題。  あれなんてタイトルなの? なんか話してたじゃん。この間さ、なんて漫画? 俺、漫画好きでさ。  いやいや、それ急に訊かれたら怖いだろ。盗み聞きされてるって思うだろ。俺、そもそも漫画詳しくないし。  じゃあ、えっと、この前の長距離走練習、めっちゃ転んでたけど大丈夫だったか?  いや、それも怖いから。見てるのバレるから。  ヤバ! 立ち上がった。早く何か、話しかけないと。  なんでもいいから。 「あ……」  その時、頭の中に、ぽんってさ、思い浮かんだんだ。  さて、ここで問題です。ピアノの発表会で見かけたあの黒い魔法使いと高校で遭遇し、話しかけるチャンスを掴めるのはどのくらいの確率でしょう?  その確率はもちろん天文学的数字になるんだろうって思う。それこそ、もしかしたら――。 「今の口笛、白石……か?」  プロのサッカー選手になるのより遥か上をいく、天文学的数値になるんじゃないかって、そう思いながら、俺は慌てて君に話しかけたんだ。

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