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啓太視点 ハッピークリスマス編 3 魔女の呪い

 空港に到着するとフラッシュの雨とサポーターの声援に包まれ、そこでしばらく写真を撮られてから、バスに乗り込む。あとはそれぞれ帰宅したり、仕事があったり。代表召集メンバーともなると忙しくて。  俺はというと。 「今回の遠征試合はいかがでしたか? 海外の屈強な選手との接触シーンが何度か見られましたが。海外の壁というのか感じました?」 「あー……」  俺は、インタビューを受けてた。  けっこう苦手なんだ。こういうのを話すのって。  ――えー、なんで? 俺にはいっぱいサッカーのことを話してくれんじゃん。  それは、そうだろ。柘玖志なんだから。  ――だーいじょうぶ! インタビューしてくれる人を俺だと思って。俺だと思ぇ、俺だと思ぇ、えぇぇぇ……。  あの時の柘玖志の顔面白かったな。呪いをかける魔女みたいに渋い顔をして、水晶玉占いとかしそうな感じで指先をひらひら動かしたりして。あの指先からそういう呪いビーム出してるみたいに。 「あの、市井選手?」 「あ、すんません。いえ、海外の壁は感じましたけど」  ――俺だと思ぇぇ……。  マジで、柘玖志さ。 「でも、それでも倒れずプレイできたっていう自信が持てました。去年は本当に吹っ飛んでましたから」  ――インタビューしてくれる美人さんを俺だと思うんだぁぁぁ。  柘玖志のその呪いが邪魔してくるんだけど。 「なんで、むしろ壁を超えられたっていう感じの方がありました」  ほら、そのせいで真面目にサッカーの話してんのに、眉間に皺をこれでもかと寄せまくった柘玖志がちらちら脳内に登場して予想していた以上に俺の受け答え方がヘラヘラしただろ。 「今日は遠征後でお疲れのところをありがとうございました」 「あ、いえ……」  ようやくインタビューが終わった。空港に車は止めてあるから、あとは帰宅するだけ。今日はクリスマスで、柘玖志はピアノ教室のクリスマス会があるから終わりが、確か……。 「ご婚約されたそうで」 「……」 「あ、いえ、これはその詮索とかではなく、もちろん、オフレコです。インタビューとかでもなく、あのおめでとうございます」 「……ども」  婚約したことを公表した。指輪をしたかったから。そんで、ゴールを決めた時、どうしても薬指にキスをしたかったから。試合中は指輪は禁止になっている。接触プレイの際の怪我防止のため。けど、結婚してる人は全員じゃないけど、普段なら指輪を嵌めている部分にテーピングを巻いている。指輪の代わりに。  だから、婚約者がいると公表したかった。  両親には、その前に話したんだ。二人で暮らす時に、その理由を。  ぶっちゃければ、柘玖志の家族は歓迎してくれるだろうって思ってた。柘玖志のお母さんが、マジでノリが柘玖志にそっくりな人だから、そんなに心配してなくて。  結果としては逆に喜ばれて、即日、歓迎パーティーをしてもらえたことにこっちが驚くくらい。  問題はうちの親だ。  そう思ったんだけど。  拍子抜けするくらいにすんなり受け入れられたんだ。  母さんはいつも俺の一番のサポーターだといってた。だからすぐに分かったんだと、柘玖志に頭を下げた。  サッカーのある場所へ息子を戻してくれてありがとうと。  そして、それぞれの両親に話してから、所属しているクラブチームには柘玖志のことを伝えた。  ノーレシズム、差別を失くそう。  サッカーが掲げている宣言だ。  それは人種だけじゃなくて、例えばマイノリティーも含まれてて。  クラブチームは理解を示してくれた。そして、配慮ある対応をしてくれてる。 「お相手は一般の方ということで一切公表はなし、なので、こうしてお話しされるのはお嫌かもと思うのですが」 「……」 「その、実は私、市井選手を大昔に二度インタビューさせていただきまして」 「ぇ?」 「一度目は高校サッカーの時に」  覚えてなかった。高校一年、すごいルーキーがいると確かに噂になっていて、その時、冬の大会で期待の一年としてインタビューをされたらしい。 「二回目はアンダー二十二の候補に選ばれた時」 「……」 「ずっと市井選手を追いかけさせていただいてました」  インタビューを受ける時なんて、大概、調子がいい時だ。高校一年の頃なんて、もう本当に自慢たっぷりで今思い出すだけでも恥ずかしくなる。二回目とこの人が言っていたアンダー二十二候補の時は、何もかも初めてのことばかりで戸惑ってばかりだっただろう。 「あまりインタビューされるのがお好きじゃないように見えたので、今回も遠征直後で申し訳ないなと思ったんです」 「……」  ただこの後は年明けまでオフだから、そして年が明けたら合宿が待っている。インタビューをするのなら今くらいしかない。 「でも、今回のインタビューが一番、リラックスされてたと感じました」 「……」 「きっとご婚約があったからなんだろうなぁと」  インタビュアーのその女性は深く頭を下げた。 「ご婚約おめでとうございます」  話すのは苦手だ。  ―― 俺だと思ぇ、えぇぇぇ……。  けど、柘玖志がほらまた、あのわっるい魔女みたいに指先をひらひら動かして脳内でチラチラするせいでさ。 「あざっす」  変に笑いながら、お辞儀をした。 「っぷ」  そんで、つい思わず笑って、インタビュアーの彼女に不思議そうにされてしまった。

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