65 / 69

啓太視点 ハッピークリスマス編 4 君を待つ時間

「六時……か」  六時じゃ、まだ柘玖志はクリスマス会の真っ最中、かな。四時からって言ってたから。  そう思いながら、留守電にメッセージを残すつもりで電話をかけた。「ただいま」と声で伝えたかったんだ。それなのに。 『もしもし? 啓太、おかえりぃ』  それなのに、柘玖志が電話に出るもんだから、びっくりしてしまった。 「た、だいま」 『おかえりー』  柘玖志の声だ。 「ただいま」 『っぷ、なんで二回? おかえり』  海外に行っている間のコミュニケーションはメールと電話。電話は結構、まめにしている方だ。なにせ、まだ婚約仕したての俺らだから。  帰国の前の日だって電話をしたのに、なんでだろう。声を近く感じる。  同じ電話なのに、国内と国外じゃ、見えない電子信号すら変わるのかもしれない。今日は君の声が近くに感じられて耳がくすぐったい。 「電話、出られないと思ったからびっくりした」 『あ、今ちょうど、お菓子を追加で買ってきたとこなんだ。そんでスマホをポッケに入れててさ』  ポッケって、なんか可愛いな。言い方。 『運命じゃない? このタイミングでさ』 「かもな」  クリスマス会の間はきっと出ないだろうと思っていた電話をたまたま「ポッケ」に入れて、たまたまこれから帰ると電話を俺がかけて、たまたま、君はその電話に出られた。そのことがとても嬉しそうで、弾んだ声が嬉しそう。 『気をつけて、帰って。ダ、ダーリ、』  ン、を言い終わる前に、俺が「あぁ」って返事をする前に、電話は切れてしまった。でもその寸前、柘玖志の電話の向こう側から、おかわりのお菓子を待ちきれない子どもの声が聞こえた。先生、早くって。そして、少し照れ臭そうに俺を「ダーリン」と呼んだ君。それを多分、子どもたちに少し聞かれて、もしかしたら今頃からかわれてるかもしれない君。 「さてと、店が閉まる前に行かないと……」  そのどれもが可愛くて、愛しくて、もう電話を切ったはずの耳のところが、まだくすぐったくて笑いが溢れた。  十日ぶりの我が家だ。  やっぱりホッとする。  部屋に入ってすぐ、重たい荷物をどさどさと床に落として深く深呼吸をした。  そして、過密スケジュールとチームメイトとの相部屋、練習試合の疲れに座りたくなるなるけど、そのまま休むことなく、柘玖志の帰りを待ちながら荷ほどきをする。  待つのは嫌いじゃない。  柘玖志が、俺たちの設けた「練習日」に音楽室にやってくるのを待ってるのはとても好きだった。  必死になって声をかけて、必死になって、そこから少しでもと接点作って、少し強引で、今思うと下手くそだなと苦笑いが溢れるけれど、どうにか二人で会う機会を作ったんだ。  だから、音楽室で柘玖志がやってくるのを待つのは楽しかった。  内心ドキドキでさ。  ――なんか今日の市井君楽しそう。  よく佐藤にそう言われて答えに困ったっけ。  そう? なんて知らんぷりをしたりして。  けど内心、君に会える日は嬉しくてたまらなかったのをよく覚えてる。  肉離れでサッカーの練習を休んでさ。みんなに心配をかけて何やってんだと自分を叱咤する自分。けど、プロになんてなれるわけないと諦めてた自分。他にも道はあるだろ? サッカー選手になれる奴なんてほんの一握りの人間だけなんだぞ? そこに入れるのか? 入って続けて、そして食っていける自信があるのか? たかが肉離れでサッカーから離れたらホッとするような奴に。  いろんな自分が内側でずっと言い合っててさ、毎日、ざわついて落ち着かなくて、他のことでどうにか誤魔化せないかと始めたハンドフルート。  もちろん、そのハンドフルートにだって、俺の内側で騒がしくしながらも考えるんだ。そんなものに逃げてどうすんだって。  けど、君は目を丸くした。  目を丸くして「すっご!」って言ったんだ。  俺がハンドフルートがどんなものなのかを演奏して教えた時に。暗い公園だったから、確かかはわからないけれど、でもほんのり頬を赤くして、俺の演奏に感動してくれた。  ただ、感動してくれたんだ。  何してんの?  サッカーはしなくていいの?  練習あるでしょ?  サッカー辞めるの?  練習日だよ?  サッカー、どうすんの? 大会近いのに?  練習しなくていいの?  みんなのそんな視線と、自分の内側で騒ぎ立てる色んな気持ち。それを君のあの驚いた顔と大きな声が吹き飛ばしてくれるんだ。  ――じゃ、じゃあ、あのハンドフルート、たったの二週間であんなに上手になったの?俺もっと前からやってるんだと思ってた。  ――あー、いや、二週間前、から。  ――すっご!。  そんな俺に君は目を輝かせてくれる。  ――…………っぷ、あははははっ!  大笑いしたあの時だってそうだった。真っ直ぐに俺を見て色んな表情を見せてくれる君が嬉しかった。  あぁ、柘玖志ならどんな俺も許してくれるって。  だからさ、君が次に会う時にはどんな表情をしてくれるんだろうと、それを想像することに忙しくて胸の内側のざわつきが静かになっていく。  そしたらもう、君に会えるまでの待ってる時間すら楽しくてさ。 「ただいま―っ!」  ワクワクするんだ。 「おかえり……」  君に会える次の時間でさえも、君の笑顔を想像するだけで俺はとても幸せな気持ちになる。 「えへへ、ただいま、啓太」 「おかえり、柘玖志」  そして電話で、俺が二回ただいまと告げたことにくすぐったそうに笑った君が「ただいま」を二回言って、やっぱりくすぐったそうに笑っていた。

ともだちにシェアしよう!